新浪剛史・サントリーホールディングス社長は、歴史研究から普遍的な知見を得ることで、リーダーは「勝つための判断」ができるようになるという。そうした自身の判断基準に指針を与えてくれた1人が野中郁次郎・一橋大学名誉教授。その最新刊『史上最大の決断』から得た知見と、グローバル事業におけるプラグマティズム(実用主義)について聞いた。

1年前に敢行されても
成功はおぼつかなかった作戦

野中 日本軍の失敗をテーマにした『失敗の本質』に対して、連合軍の成功の典型であるノルマンディー上陸作戦に焦点をあてたのが『史上最大の決断』です。『失敗の本質』を出して30年、ノルマンディー上陸が敢行されてちょうど40年という節目の年の昨年、上梓しました。

新浪剛史・サントリーHD社長×野中郁次郎 <br />米英の異なる文化を融合させた賢将新浪剛史
サントリーホールディングス社長

新浪 もちろん、こちらも拝読させていただきました。そこで描かれているように、連合軍といっても一枚岩ではなかったんですね。それをうまくまとめて、未曽有の上陸作戦を成功させたのが最高司令官のアイゼンハワー(アイク)。本当によくやったと思います。まさに賢人で、だからこそ、後に大統領までなることができたのでしょう。

 特に興味深かったのは、歴史にifを持ち込み、上陸作戦があと1年早く実行されていたら、その後の歴史はどう変わっていたか、というシミュレーションをされていたところです。1年前に作戦が成功していたら、ユダヤ人200万人の命が助かり、東ヨーロッパがソ連の支配下になることもなかったとありました。私も『史上最大の決断』を読んだ後にifを考えました。アイクがいなかったら、歴史はどうなっていただろうかと。アイクがいたとしても、1年前に上陸作戦を強行していたら、果たして成功していただろうかと。

野中 うまくいかなかったかもしれませんね。

新浪 アイクは米英の異なる文化をうまく融合させました。同じ英語を話す国でも、アメリカとイギリスは文化が違う。その壁を乗り越えて行われたあの上陸作戦はすごいなと、素直に思いました。しかも、プライドの高いイギリス人の上にアメリカ人が来たわけですから。そもそもチャーチルはノルマンディー上陸作戦には気乗り薄だったので、彼を押し切って1年早く実行したとしても、うまくいかなかったのではないでしょうか。

知識と経験の質量
どちらも熱心に高めた

野中 アイクは本当に普通の人だったんです。では、なぜそういう人が、最後は大統領にまで上り詰めることができたかというと、ボスに恵まれたことが大きかった。

新浪剛史・サントリーHD社長×野中郁次郎 <br />米英の異なる文化を融合させた賢将野中郁次郎
一橋大学名誉教授

 陸軍きっての教養人であるコナー、よくも悪くもカリスマそのものだったマッカーサー、とにかく聡明で頭の切れたマーシャルです。この3人のうち、特に影響が大きかったのがコナーです。アイクはクラウゼヴィッツの『戦争論』を暗記するほど読まされ、彼を通じて歴史や哲学といったリベラルアーツにも目を見開かされた。さらにアイクが優れていたのは、戦車を分解して組み立てたり、個人でパイロットの免許を取ったりと、頭でっかちではなかったことです。知識と経験、そのどちらを高めることにも熱心だったのです。

新浪 リベラルアーツといえば、先生ともご一緒した「キャンプ・ニドム」を思い出します。

野中 富士ゼロックスの小林陽太郎さんが主宰した経営者向けの泊りがけの勉強会ですね。懐かしい。

新浪 その時、哲学と歴史を主体としたリベラルアーツが物事を考える際の根本になるのだということを痛感しました。本書では、最高司令官アイゼンハワーと、イギリス軍の地上軍責任者であるモントゴメリーとの確執が随所で描かれています。そういう意味では、アイクのほうがモントゴメリーより、リベラルアーツのレベルが上だったのだろうなあと。

野中 そうですね。アイクとモントゴメリーのリーダーシップの差を決めたのはリベラルアーツだったかもしれません。その差が、歴史的構想力と対人関係力の差になって表れていたのでしょう。