創業80年、伝説の老舗キャバレー、東京・銀座「白いばら」に50年間勤務し、名店長といわれた著者が、お客様のための創意工夫をはじめて明かした『日本一サービスにうるさい街で、古すぎるキャバレーがなぜ愛され続けるのか』から、抜粋してお届けしています。

 白いばらはリーズナブルな値段で評判のキャバレーではありますが、一般的なバーや飲食店と比べると、けっして安い店ではありません。そのため、ある程度の収入がないと通い続けることはできません。

常連のお客さまをつかむために<br />あるホステスが決断したこと

 こうお話しすると、白いばらの常連のお客さまも、結局は高級クラブと同じように、派手でお金回りのいい人が多いと思われるかもしれません。でも、実際には身なりは落ち着いていて、ブランド品もロゴが大きく目立つようなものは身につけないなど、質素な佇たたずまいの方がほとんどです。

 見栄を張らない、威張らないどころか、そもそも虚栄心なんてものが微塵も感じられません。といっても、ケチなわけではなく、ホステスや黒服を見下すようなこともしません。もちろん個々を見れば、そうでない方もいらっしゃいますが、全体としてはそういう印象なのです。

 実際、常連のお客さまの中に、ひときわ地味でおとなしくて、一〇年近く何をされているのかわからなかった方が、ある日、雑誌に写真が載っていて、実は世界を股にかけて活躍している、誰もが知っている会社の社長だと知ったこともありました。

 同じように、いつもサンダル履きでお店にいらっしゃる方が、先祖代々、東京の一等地に広大な土地を持つ有名な一族だったということもありました。

 お客さまを見て思うのは、長期にわたって成功を収めている人には、他人をバカにしない、腰の低い人が多いということです。そして、海外出張の帰りにそのまま遊びに来るとか、翌朝が早い時でも閉店まで飲んでくださるとか、体力や気力がみなぎっています。

「英雄色を好む」とはよく言ったもので、総じて女性が好きですが、奥さまへの義理立てからか、あえて結婚しているホステスを指名する律儀な方もいらっしゃいます。

 また、自己管理を徹底しているため、自分の酒量がわかっていて、お酒に飲まれてしまうことがありません。常に自然体でいます。見栄で無理をしたりしません。また、義理固くもあります。

 ある商社に勤める若い男性が部長に連れられてお店にやって来ました。その男性は後日、友達と二人でいらっしゃって、同じホステスを指名しました。

 ただ、懐が寂しかったため、正直に「今日は給料前なのであまりお金がないんです」と伝えました。すると、そのホステスは「あの部長さんの部下だから出世払いでいいわ」と、飲み代を立て替えてしまったんです。いわゆる「ツケ」ですね。

 後日、その男性はボーナスが出ると、ちゃんとツケを支払いに来ました。そのあとも定期的に白いばらに通ってくださるようになり、十数年後に出世して部長となって、若い部下を大勢連れてお見えになるようになりました。

 そして今でも、初めて白いばらに来た時からもう三〇年近く経っているのに、ずっとそのホステスを指名し続けているんです。「その節はありがとう」と。現在はお店としてツケはお断りしていますが、当時はこういう話がめずらしくありませんでした。借用書を書くわけでもないので、ツケを払わずに飲み逃げされてしまえばそれまでです。でも、そのくらい人を見る目があって、度胸が据わってないと、銀座でホステスを続けていくことなんてできないんです。

 常連のお客さまをつかむまでに、ホステスも勝負を重ねてきているのです。