日本テレビ、ソニーを経て、LINE(株)CEOを退任後、動画メディア「C CHANNEL」を立ち上げた森川亮さんと、集英社を飛び出してフリーとして「新しい働き方」を追求する安藤美冬さんの対談が実現した。働く喜びとは何か?「やりたいこと」をやるのが楽しいって本当?お二人の著作『シンプルに考える』(森川亮、ダイヤモンド社)、『冒険に出よう』(安藤美冬、ディスカバー21)をもとに、語り合っていただいた。(構成:田中裕子)

「自分」のために働く人は伸びない

安藤美冬さん(以下、安藤)『シンプルに考える』を読んで、すごく共感したことがあります。

森川亮さん(以下、森川) なんでしょう?

安藤 「仕事を通じて人を幸せにする」ということを何度も何度もお書きになっていることです。もちろん、森川さんと私では仕事の規模がまったく違います。私は、後世に残るような大きな事業をやりたいとも思っていません。だから、こんなことを言うのはおこがましいとは思うのですが、それでも、身近な人を幸せにしたいとずっと思っているんです。

森川 それは、素敵ですね。いつからそう思うようになったんですか?

安藤 集英社での、ある成功体験がきっかけです。

森川 ほう。

【森川亮×安藤美冬 特別対談】(中)<br />「やりたいこと=楽しい」という思考法が危ない!安藤美冬(あんどう・みふゆ)フリーランサー、コラムニスト。コラム執筆、大学講師、商品企画、コメンテーターなど様々な仕事を手がける株式会社スプリー代表。講談社ミスiD2016審査員。大地の芸術祭越後妻有アートトリエンナーレ2015オフィシャルサポーター。DRESS働き方担当相。オズトリップ、TABI LABO連載中。著書に『冒険に出よう』『20代のうちにやりたいこと手帳』(いずれもディスカヴァー)など。

安藤 私は新卒で集英社に入社して、すぐに広告部に配属になりました。入社のときは営業志望だったので、希望とは違う配属でした。だけど、そのことには納得していましたし、「こんな広告をやってみたい!」という思いもあったんです。ところが、思ってもみない壁が立ちはだかりました。……仕事が、できなさすぎたんです。

森川 安藤さんが? 本当に?

安藤 はい。『冒険に出よう』にも書いたんですが、気持ちが空回りして、会議ではしどろもどろ、会議のアポイントはすっぽかす、クライアントさんに1ページ何百万円で広告を売って、その重みに耐えきれずにミスを連発する……。「こんな仕事がしたい!」という理想と、現実の自分とのギャップに悩みました。というより、ぺしゃんこになってしまって。

森川 そんなことがあったんですか……。

安藤 ええ。それで抑鬱状態になってしまい、半年間休職することになったんです。そのとき、自分を見捨てないでいてくれたのが、会社であり、Hさんという宣伝部長の方でした。H部長は休職時に所属していた部署の部長ではなかったんですが、入社面接で私が夢を熱く語ったことを覚えていてくれて……。休職という「傷」がついた私を宣伝部に引き取ってくれたんです。

森川 なるほど。

安藤 厳しい人で、怒られない日はありませんでした。でも、仕事のイロハをたたき込んでくれましたし、私が「新しい方法にチャレンジしましょう!」とぶち上げたキャンペーンが大失敗に終わったときも、「お前くらいの若さじゃないと、ここまで失敗できないんだ」と支えてくれました。もちろん、怒りながらですけど(笑)。

森川 いい上司でいらっしゃいますね。

安藤 そんな上司のもとで、私はやっと小さな成功体験をすることができたんです。実は、私が宣伝部で担当していた本って、会社にとってはメインの扱いではありませんでした。集英社の花形と言えば「週刊少年ジャンプ」。そして、文芸です。ところが私の担当は、社内でも忘れられがちな文庫や単行本ばかりだったんです。でも、花形じゃなかったからこそ、宣伝キャンペーンの企画が通りやすくて、アイデアを形にしやすかった。

森川 ああ、なるほど。予算や規模が小さいからこそ、一人あたりの裁量が大きかったんですね。

安藤 そうなんです。だけど、企画が通りやすいだけでなく、私にとっては「花形じゃない編集部」で踏ん張っている人たちと一緒に仕事ができたことが、なによりも大きかったんです。新しい宣伝キャンペーンが形になるにつれ、それまでやる気を見せてくれなかった編集者たちの士気が、少しずつ上がっていくのが嬉しくて。

森川 なるほど。それまでサポートされることの少なかった人たちの心に、安藤さんが火をつけたわけですね。

安藤 いえ、こちらの気持ちに火をつけてもらえたんです。最初は、「こんな宣伝をしては?」と言っても反応が薄かったんですが、成功事例を出てくると、次第に編集者のほうからもアイデアを出してくれるようになったんです。それで、うまくいくキャンペーンも増えていって、編集者と小さなハイタッチを交わせるようになった。そのとき、自分の役割が見つかった気がしたんです。

森川 どんな役割ですか?

安藤 みんなで色々なチャレンジをして、「うまくいったね!」と喜び合えるような一体感をつくることです。それができたら、私もハッピーだし、みんなもハッピー。それに、私が休職していたときに感じていた疎外感を誰にも感じさせずに済むんじゃないか、と。

森川 「身近な人を幸せにしたい」という思いは、そこから来ているわけですね。

安藤 はい。私を拾って育ててくれたH部長と、一緒にがんばってくれた編集部の人たち。彼らの存在がなければ、「誰かを幸せにすることが私の仕事」なんて考えは生まれなかったと思います。心から感謝しています。

森川 なるほど。それは貴重な経験をされましたね。僕はこれまでたくさんの人と一緒に仕事をしてきましたが、「自分のお金」「自分の名誉」「自分の満足」のためにという意識で働く人はあまり伸びない、という気がしています。「誰かのために」という思いは、ワンランク上の仕事をするうえで、とても大事だと感じています。