『イノベーションと企業家精神』を読み始めた夢は、その難しさに四苦八苦しながらも、やがて重要なことに気づかされます。それは、タイトルにもある「企業家精神」について。ドラッカーは、その定義を定めようとして、この本を書いたところがあるのです。
そこでさらに読み進めると、そこにはこうありました。
「すでに行っていることをより上手に行うことよりも、まったく新しいことを行うことに価値を見出すこと」。
それを読んで、夢は気づかされました。
「私には、企業家精神がない!」
なぜなら彼女は、新しいことを行うことが、それほど好きではなかったからです。

第二章
夢は『イノベーションと企業家精神』を読んだ

 それから三日をかけて、夢は『イノベーションと企業家精神』を読んだ。しかし、なかなか理解できず、結局五分の一くらいしか読み進められなかった。
 その五分の一にしても、ちゃんと読めたかどうか、自信がなかった。一度読んだだけでは、何を書いてあるのかほとんど分からなかった。
 それから、校舎一階の西端にある小教室で開かれた野球部のミーティングに参加した。この日、再び三人で集まって、今後の活動について話し合うことになっていたのだ。
 夢が教室に行くと、すでに公平が来ていた。夢は「こんにちは」と挨拶したが、それ以上は何も話さなかった。真実以外の人物とは、まだなかなか上手く会話できなかった。
 すると、公平の方から話しかけてきた。
「どう、読み終わった?」
「いえ、全然……。五章までです」
「え? すごい! おれなんか三章でつまずいた……」
「難しいですよね」
「この本の『もしドラ』みたいなやつ、ないのかな? あればそっちから読みたいよ」
 そのとき、真実が入ってきた。夢は、公平と二人きりではなくなったことにちょっとホッとした。
 すると、真実の後ろから二人の女生徒が入ってきた。真実は、夢と公平にその二人を紹介した。
「こちら、柿谷(かきたに)洋子さんと神田五月(さつき)さん。二人とも、野球部のマネージャーになりたいって」
「えっ!」と驚いたのは公平だった。「入部希望が二人も?」
「いいですか?」
 そう尋ねた真実に、公平は驚きながらもこう答えた。「え? ……う、うん。それは、もちろん!」
 すると、洋子と五月は「やったあ!」と手を取り合って喜んだ。どうやら二人は友だちのようだった。
 その二人を、真実があらためて紹介した。
「この二人も、『もしドラ』でマネージャーに興味を持って、文乃先生のところに話を聞きに来ていたんです。だから、声をかけてみました。『野球部のマネージャーになりませんか』って」
「私、もっとマネジメントのこと勉強したいと思ってるんです」
 そう言ったのは柿谷洋子だった。
「私は、なんかこう、熱い青春がしたいなって」
 神田五月がそれに続いた。
 洋子は、小柄だが目鼻立ちの整った美人で、才気煥発とした印象だった。一方、五月は眼鏡をかけており、見た目も地味だったが、口元には悪戯っぽい笑みを浮かべていて、ひとくせありそうな印象だった。
「これで五人か。一気に増えたな──」と公平が感嘆した。「まさかマネージャーだけ五人も集まるなんて、予想もしてなかったよ。選手はまだ一人も集まってないのに」
 それを尻目に、真実は洋子と五月に席に着くよう促すと、自分は教壇に立って議長役を買って出た。