大統領の指針ともなる最高情報機関・米国国家会議(NIC)。CIA、国防総省、国土安全保障省――米国16の情報機関のデータを統括するNICトップ分析官が辞任後、初めて著した全米話題作『シフト 2035年、米国最高情報機関が予測する驚愕の未来』が11月20日に発売された。日本でも発売早々に増刷が決定、反響を呼んでいる。本連載では、著者がNIC在任中には明かせなかった政治・経済・軍事・テクノロジーなど多岐に渡る分析のなかから、そのエッセンスを紹介する。

20世紀初頭、アメリカ経済はイギリス経済の2倍近い規模となっていたが、基軸通貨は「ポンド」だった。アメリカ・ドルは国際的なインフラを備えていなかったからだ。第12回では、未来の「通貨」にありうるシナリオを分析する。

人民元が基軸通貨になる?

ドルが世界の基軸通貨であることは、歴史的にアメリカの優位を強化してきた。フランスのシャルル・ドゴール大統領は、アメリカの「法外な特権」と語ったことがある。

ドルが基軸通貨でなくなる未来へのシナリオ

大英帝国の終焉は、第2次世界大戦でイギリスの財政が破綻したことで拍車がかかった。ドルはポンドほど劇的で破滅的な道のりをたどることはないだろう。

アメリカと中国が紛争に突入して、中国が莫大な財政赤字を被り、保有する1兆ドル超の米国債を手放さないかぎり、ドルは基軸通貨の地位を維持し、人民元とユーロがその傍を固める形になるだろう。

しかしドルが基軸通貨の座から転落し、もっと多極的な通貨体制が生まれたら、それはアメリカの地位低下を最も鮮明に示すサインになるだろう。ドル研究の権威であるカリフォルニア大学バークレー校のバリー・アイケングリーン教授は、「国際通貨体制は10年以内に間違いなく大きく変わる」と断言する。

アイケングリーンによれば、中国の金融当局は人民元を取引可能にし、基軸通貨にしようとしている。しかしそのためには、資本規制を撤廃して流動性の高い金融市場を構築するだけでなく、透明性が高く、法治主義的な政府が必要だ。

実際、中国共産党は2013年の3中全会で、法による統治を目標に掲げた。それ以外にも中国には幅広い構造改革が必要だが、アイケングリーンは、中国は数年前から基軸通貨の座を本気で目指してきたと指摘する。

中国ブラジルとの2国間貿易で、両国の通貨を使用しやすくする合意を結んだ。アルゼンチン、ベラルーシ、香港、インドネシア、韓国、マレーシアとも通貨スワップ協定を締結。香港と中国本土5都市の間でも人民元決済協定が結ばれ、HSBCは香港で人民元建て債券の発行を認められた。さらに香港で1兆ドル相当の人民元建て債券も発行された。こうした措置はどれも、輸出入業者と投資家に人民元の使用を促し、国内外におけるドル依存を低下させたいという狙いがある」