自分の緊張は相手にも伝染する

 私が研修講師になりたてだった頃のことです。

 口ベタながら、準備した講義内容を一通りこなせるようになったものの、受講者の反応があまりよくありません。講義中に質問する人もなく、休憩時間に話しかけてくる人もいません。

 先輩の講義を見学してみると、受講生の表情は明るく楽しそうですし、質問がどんどん飛び交っています。しかも、休憩時間には受講生と冗談を言い合うほど、打ち解けた雰囲気です。

「どうして、こうも違うんだろう……」

 プロの講師としてやっていく自信を失いそうになり、講義に向かう足取りもだんだん重くなっていきました。

 ある日のことです。その日の講義の場所は、スリッパ履きの研修会場でした。

 研修会場に入るときに、うっかりつまづいて転びそうになった私は、履いているスリッパをポーンと飛ばしてしまったのです。その見事な飛ばしっぷりが、我ながらおかしくて、思わずゲラゲラと大口を開けて笑ってしまいました。

 そして、

「そそっかしくてごめんなさいね」

と、講師としての威厳を取り繕うことも忘れて、私は素の自分をさらけ出してしまいました。

 すると、緊張した面もちで講義が始まるのを待っていた受講者たちも、いっせいに笑い出したのです。

 不思議なことに、その後の講義は、いつもの重苦しい雰囲気とはまったく違うものになりました。受講生の反応は見違えるほどよくなり、質問も頻繁に飛び交います。しかも、休憩時間には受講生のほうから話しかけてきたのです。いったい、何が起こったのでしょうか?