パワハラ、セクハラ、ソーハラ、マタハラ……。昨今は、これまであまり問題視されてこなかったコミュニケーションにも「ハラスメント」のレッテルが貼られるようになりました。課長は、どうすれば労働問題に巻き込まれずに日々のマネジメントに注力できるのか? 国内企業と外資系企業の人事部でサラリーマン経験がある労働問題解決の第一人者が、事例とともに実践的な「法律の使い方」をお伝えします。

「見て見ぬフリ」で部下が亡くなった事例―――「課長が負けた裁判」に学ぶマネジメント術(3)

川崎市水道局(いじめ自殺)事件」(東京高裁 平成15年3月25日判決)

Aは、昭和63年4月、川崎市の職員として採用されました。平成7年5月に工業用水課に配属。しかしその後、主査、係長、課長の3人のいじめにより、Aは自殺してしまいます。

このいじめには、1つの因縁がありました。

以前、川崎市はAの父に対し、Aの父が所有する土地を貸してほしいと頼んだことがありました。しかし、Aの父はその依頼を断り、川崎市の職員にはそれを不満に感じる人たちがいました。その数年後Aが配属され、ふとしたことから「あの男の息子」とわかり、嫌がらせが始まったのです。

当時は、オウム真理教事件が世の中を賑わしていた時期でした。

「麻原が来たぞ!」「ハルマゲドンだ!」とからかう。スポーツ新聞に掲載された女性のヌードグラビアを顔に押し付ける。職員旅行のときに果物ナイフを振り回し「刺してやる」とからかう……。どれもこれも幼稚すぎる悪ふざけです。

このいじめの実行者は主査でした。そばで見ていた係長、課長には「いじめ」という認識はなく、一緒に笑っていました。しかし、Aにとっては苦痛だったのです。

自殺後、川崎市と主査・係長・課長が訴えられました。裁判所は、Aがいじめにより精神疾患を発症し自殺したとして川崎市の責任を認めたのです――。

傍観者は実行犯と同罪になる

この事件から学ぶべきは、いじめの実行者である主査とともに、止めることなく一緒に笑っていた係長、課長が同じ責任を問われた点です。「いじめは、見て見ぬフリをした人も加害者」という小学生でも教わる常識は、司法判断にも通じるということです。

「見て見ぬフリ」で部下が亡くなった事例―――「課長が負けた裁判」に学ぶマネジメント術(3)「見て見ぬフリ」も加害者になる

いじめを行った時期から自殺までには1年8ヵ月ほどの時間が経っています。本人たちはいじめた自覚がないまま時が経過し、自殺後に突然責任が降り掛かってきた形です。とくに係長、課長は傍観者ですから、青天の霹靂だったかもしれません。

課長は、すべての労働問題の当事者になります。自分が積極的に関わっていてもいなくても、自分の部下が何らかのトラブルに巻き込まれれば、必然的にあなたもそのトラブルに関わることになるのです。このことを、肝に銘じておいてください。

なお、このケースは川崎市、つまり地方公共団体が訴えられた事件です。課長は公務員でしたので、国家賠償法という特別な法律のもと、課長個人が損害賠償責任を負うことはありませんでした。

しかし、もしこれと同様のことが民間企業で起きた場合、課長の損害賠償責任が否定される理由はありません。

神内伸浩(かみうち・のぶひろ)
労働問題専門の弁護士(使用者側)。1994年慶応大学文学部史学科卒。コナミ株式会社およびサン・マイクロシステムズ株式会社において、いずれも人事部に在籍社会保険労務士試験、衛生管理者試験、ビジネスキャリア制度(人事・労務)試験に相次いで一発合格。2004年司法試験合格。労働問題を得意とする高井・岡芹法律事務所で経験を積んだ後、11年に独立、14年に神内法律事務所開設。民間企業人事部で約8年間勤務という希有な経歴を活かし、法律と現場経験を熟知したアドバイスに定評がある。従業員300人超の民間企業の社内弁護士(非常勤)としての顔も持っており、現場の「課長」の実態、最新の労働問題にも詳しい。
『労政時報』や『労務事情』など人事労務の専門誌に数多くの寄稿があり、労働関係セミナーも多数手掛ける。共著に『管理職トラブル対策の実務と法 労働専門弁護士が教示する実践ノウハウ』(民事法研究会)、『65歳雇用時代の中・高年齢層処遇の実務』『新版 新・労働法実務相談(第2版)』(ともに労務行政研究所)がある。
神内法律事務所ホームページ http://kamiuchi-law.com/