1980年半ば、中国で「出国熱」と呼ばれるブームが起こり、無数の中国人が怒涛のごとく海外を目指して世界の国々に流れ込んだ。

  これらの中国人を追うため、私も民主化されたばかりの東欧の国々に飛んで、海外に新天地を求める中国人を取材した。1993年にその取材に基づくドキュメントを拙著『新華僑』として仕上げた。私が作った造語である「新華僑」は、1978年に始まった改革・開放路線以降海外に渡った中国人の代名詞となった。

 その新華僑を取材する過程の中で、別の中国人も存在していることに気付いた。つまり密航者だ。外国に入国できるビザをもたない彼らは地下旅行社ともいえる蛇頭の手によってヨーロッパ、米国、日本など西側の国々に運びこまれ、そして廉価な労働力としてその密航先の国の経済を最底辺から支える存在となった。

 『新華僑』に取り上げられた中国人が新華僑の明の部分だとすれば、密航者や蛇頭らはまさにその暗の部分を形成している。

 『新華僑』が発売された翌年の94年に私は『蛇頭』を出版し、密航者や蛇頭に焦点を当てた。当時、欧米で目撃した密航者と蛇頭の存在がいずれ日本でも大きな社会問題になるだろうと予想し、やがてその予想は当たった。

  90年代の半ばから、相次いで発生した中国人の密航事件が日本社会を震撼させた。『蛇頭』の著者である私もメディアの取材に追われ、忙殺された。『蛇頭』も文庫本となってロングセラーとなり、私の多くの著書のなかでも「孝行息子」の一冊となっていた。蛇頭という中国から移植してきた言葉も次第にスネークヘッドからジャトウと読むように変わり、知らず知らずの間に、新しい日本語として日本社会に定着していった。

 だが、世の中に終わらない宴はない。これほど売れていた『蛇頭』も次第に売れなくなり、数年前のある日、出版元から絶版にするという連絡を受けた。