英語メディアが伝える「JAPAN」をご紹介するこのコラム、今週は「消えるお年寄り」についてです。「長寿大国・日本」、「高齢化社会・日本」のイメージが世界的に定着している日本ですから、その根底を突き崩すような事態に注目が集まり、「家」を社会の基本単位とする戸籍制度批判にまで発展。ふだんは日本の政治経済ニュースなどほとんど伝えないタブロイド紙にも、「バックパックに104歳の母親」というセンセーショナルな見出しが踊る始末です。(gooニュース 加藤祐子)

気を揉んで手を揉む

 いきなり私事ですが、私の家では高齢の両親の介護問題をモロに抱えています。それでも不謹慎のそしりを覚悟で書きますが、今年の夏、日本で行方不明のお年寄りと同じくらい、あるいはそれよりも大きな衝撃を国民に与えたと言えば、大阪の幼児2人が無残な死に方をした事件ではないかと思います(どちらがより深刻な問題かとかそういう比較は抜きにして)。それでも児童虐待・育児放棄は欧米でも珍しくも何ともない話だからか、ざっと調べたところ英語メディアが大阪の事件について独自記事を書いた様子はほとんど見あたりませんでした。対して冒頭で書いたように「長寿大国・日本」「高齢化社会・日本」のイメージが強いせいか、「老人が消えていく日本」は各紙が取り上げています。

 たとえば英『ガーディアン』紙は12日付の「敬老の日に先立ち、日本の100歳以上が『行方不明』」という記事で、「敬老の日を前に高齢者の所在確認をしようとした日本全国の担当者たちは、100歳以上の高齢者のうち200人近くが所在不明だと認めた」と紹介(読売新聞調査によると20日現在で280人以上)。その原因としては「時代遅れの記録管理方法、厳しい個人情報保護法、弱まりつつある家族や地域の絆」などが挙げられているとして、神戸で何人、大阪で何人と事例を列挙しています。

 また米『ニューヨーク・タイムズ』紙は 15日付で「最高齢の人たちを所在確認した日本、多くがいないことに気づく」と。前文の書き出しは「世界の最高齢者の多くは日本人だと、日本は長いこと自慢してきた。欧米では比べようもないほど日本の食生活は優れているし、お年寄りを大事にする社会だからだと」。日本はずっとそう自慢してきた、ところが……という書き出しです。

 よってこのひどい事態の露呈(revelation)に、国民は非難の声を上げている(public outcry)し、国中が気を揉(も)んでいる(national hand-wringing)のだと。

 (ちなみに英語ウンチクですが、最後の「気を揉んでいる」と訳した慣用句「hand-wringing」は直訳してしまえば「手を揉む」で、ややもすると「手をこまねいている」と訳したくなるのですが、それでは誤訳です。こういう外国の社会特有の身体表現を語源にする慣用句は、かなり翻訳者泣かせなのです。英語社会では悲しくて不安で気もそぞろなとき、人は自分の両手を握ったり揉んだりする(wring 誰それの hands)。ハンドジェスチャーの多い文化ならではの表現です)

 話を戻します。マーティン・ファクラー記者は、「年金詐取が大量発生しているのか」、それとも「ずさんな記録管理のせいなのか」、あるいは「コメンテーターたちが暗い調子で言うように、家族の絆がほどけてしまっている表れなのか。お年寄りたちがどこへともなく漂い消えていくのを、若い世代はそのままにしているのか」と問い掛けています。「多くの役人は、記録管理がずさんなせいだと説明している」と書き、「自然界で150歳まで生きるのは不可能ですが、日本の役所行政の世界では不可能ではないのです」という足立区役所担当者の笑えないコメントも紹介しています。

 記事はしかし、これは役所の問題だけでなく、根底にあるのは「無関心というある種の遺棄だ」というコメントをも紹介。認知症など様々な病気を患う高齢者を専門施設に入れてケアするのではなく、お年寄りは家族が世話して当たり前だとする社会の風潮が、家族に多大な負担をかけているのも要因のひとつではないかとも。

家族が世話するのが当然と言われては…

 ロイター通信は 22日、「行方不明の高齢者を探す日本、社会の苦悩が露呈され」という記事で、「100歳以上のお年寄りが行方不明だと日本のマスコミは騒いでいる。何百万人もの人が直面しているだろう孤立と孤独にスポットライトをあてている」と記事冒頭から書き出し、日本社会は「パニックし、罪悪感」にかられているのだと説明しています。

 記事は、寝たきりとなっている107歳の義母の面倒をみている東京・杉並区の女性に取材し、彼女が「心配しないで、うちのお義母さんはミイラじゃないから」と区の担当者に笑いながら説明した様子や、義母の手をとりながら「義母の居場所が分からなくなるなんていう状態が想像できない」と話す様子を紹介。その上で、「(この女性のように)お年寄りを敬うのは日本の伝統的な価値観だと多くの人は言うが、家族の在り方は変わりつつあるし、お年寄りの面倒を家族が見るのは当たり前ではなくなってきている」と指摘。高齢化と離婚の増加によって、2020年までに日本の高齢者の3割は一人暮らしをしているだろが、それには「お年寄りの面倒を見るのは家族」という伝統に変わる新しい仕組みが必要なのだが、「老人の介護施設は少なすぎるし、医療費はふくれあがっている」と。

 ガーディアン、ニューヨーク・タイムズ、ロイターなどは(このコラムを読んで下さっている方には)おなじみの英語メディアですが、アイルランドの『アイリッシュ・タイムズ』が詳しい記事を21日付で載せていたのには「へえ」と思いました。アイルランドが特に高齢者の多い国というイメージはないのですが、伝統と家族を重視する農業国という意味では日本と似ているから、というのもあるのでしょうか。こじつけですが。

 記事は「消える100歳以上の謎、日本生活の病根をあらわに」という見出しで、色々な具体例を列挙した後、「自分の親や祖父母がどこにいるか分からないと答える家族に、日本のコメンテーターたちは呆れ、非難ごうごうだが、現代の都市生活の重みで家族の絆が破綻しつつあるという、より大きな問題を無視しがちだ」と書き、「消えるお年寄り」の最大原因はそこにあると特定しています。

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