これまで企業を支えてきた団塊の世代の大量退職、加速度的に進む少子高齢化のなかで、日本企業の人事戦略が大きな転換点を迎えつつある。つい最近、社内の公用語を英語にする企業が話題になったが、グローバル化への対応も待ったなしである。増加傾向にあるメンタル不調者への対応も求められている。日本企業が今後採るべき人事・組織戦略について考える。

 

グローバル化の進展を受けて、人事制度の再構築を迫られている企業は多い。その際、従来型の人事の仕組みを維持するのか、グローバル標準を採用するかは大きなテーマだ。一方、以前に増してストレスを感じている社員のメンタル面でのケアも重要な課題。これらの課題を乗り越えるために何が必要か。慶應義塾大学総合政策学部の花田光世教授に聞いた。

 多くの日本企業がグローバル展開のスピードを上げようとしているなかで、人事の仕組みの見直しを検討している経営者は少なくない。企業がグローバル化する以上、人事制度もグローバル標準に合わせる必要があるのではないか──。すでに一部の日本企業はグローバル標準へと舵を切っているが、それは簡単な道のりではない。花田光世教授は次のように解説する。

「グローバルでの標準的な人事は職務中心主義。仕事の役割や必要なスキル・知識を明確にして、それに見合った人材をマッチングさせるというアプローチです。タレントマネジメントと呼ぶこともできるでしょう」

人を育てる人事制度を進化させるために

花田光世 慶應義塾大学 総合政策学部 教授
はなだ・みつよ 1971年慶應義塾大学文学部心理学科卒。米国・南カリフォルニア大学で教育心理学修士、社会学博士。同大学研究員、産業能率大学国際経営研究所長を経て、90年より現職。専門は人材開発論、キャリアデザイン論、組織・人事制度設計論など。

 では、従来の日本企業のアプローチはどのようなものか。

「日本企業はブルーカラーや補助的な業務についてはタレントマネジメントを適用していますが、ホワイトカラーやミドルマネジメントは別の管理手法を使っています。難しい仕事に人を放り込んで育てるという、あくまでも“人ありき”の仕組み。私はそれを『タレントデベロップメント』と呼んでいます」

 世界的に主流のタレントマネジメントを導入する場合、それぞれの分野でスキル標準を定める必要がある。その尺度で人材のスキルを計測したうえで、それぞれの役職とのマッチングを行うのである。

「これまでの日本企業では、個人のスキルアップは会社任せでした。特定のスキルが陳腐化しても、会社が本人に経験のない新しい仕事を与えてくれた。しかし、タレントマネジメントの下では、必要のなくなったスキルを持った社員は切られ、社内になかった新しい分野のスキルが必要となると、そのスキルを持っている人材を積極的に外部から調達することになります。仕事で人を育てるといったゆとりを、企業は持たなくなります」と花田教授は語る。

 米国企業ではM&Aや組織改編の際に、しばしば大量解雇が行われる。そして個人は自分のスキルに見合った仕事をオープンなジョブマーケットのなかで探したり、スキルアップへの投資を自分の責任で行ったりする。この点は、一般的な日本企業との違いだ。

 タレントマネジメントとタレントデベロップメント。今後、日本企業はどちらの方向に進むべきだろうか。

「総合力のある人材を育てる仕組みとしては、現状のスキルを前提にジョブマッチングを行うタレントマネジメントよりも、人の可能性を見ながら仕事を与えて育てるタレントデベロップメントが優れていると思います。日本企業はタレントデベロップメントの進化形を、ホワイトカラーのミドルなどでは目指すべきでしょう」というのが花田教授の考えだ。
このことは、人事制度の根幹にかかわるテーマである。それは、会社で働く個人のメンタルヘルスとも無縁ではない。