平日は都会で働き、週末は田舎で過ごす。東京生まれ、会社勤め、共働き、こども3人。「田舎素人」の一家が始めた「二地域居住」。オーガニック野菜にずっと抵抗していた主人公が、実際に田舎に住み、自分で野菜を育てて初めてわかったこととは?新しい暮らし方を提案する『週末は田舎暮らし』から、一部を抜粋して紹介する。

自分でつくった野菜を食べる

 ずいぶん前に、わたしが建築の設計事務所に勤めていたころのこと。ボスはアメリカ人の女性だったのですが、彼女は食へのこだわりが強く、無農薬、減農薬、有機野菜を好んで買っていました。「安いだけの野菜を選ぶのは愚かなこと、ババさんもオーガニックを買いなさい」と言われていました。

 しかし、当時のわたしは野菜の良し悪しよりも格差社会について興味があったため、ボスに反抗しました。「いい野菜を買いたいと思って、買える人はいいけれど、経済的な理由でそれらを買えない人もたくさんいる。買わない人はダメな人、という考えは間違っていると思います。ブランド野菜を買うことは、正しいことではなく、ただの嗜好性の問題です」と。今思えば、なんと生意気な所員でしょう。

 加えて、子育てをする前のわたしは、素人の趣味の畑づくりに関しては、ずいぶんと冷ややかな見方をしていました。野菜はプロの農家さんがつくったものを買えばいい、どこでも買えるのにわざわざ自分でつくって食べるのは効率が悪いし、それを美味しい美味しいと食べるのはただの思い込みにすぎない、というのが持論でした。本当に美味しい野菜はプロにしかつくれないはずだ、と。

 なんでしょうね、このこわばった気持ちは。虫にも草にも何の抵抗もないのに、こと野菜づくりに関しては手を出すことをはばかってしまう。

 農耕生活からほど遠い世界で生まれ育ってきたせいか、「野菜づくりは野菜づくりのプロに任せて、素人は口出ししない!」という妙な分業マインドを生み出したのかもしれません。長年の都市生活で身についた外注体質ここにあり、とも言えそうです。

 そんな人間が、この南房総の土地に惚れて農地を含む広大な土地を購入して週末田舎暮らしをすることになり、実際に畑を手掛けられるような状態になったのは、購入後すこしたってからのことでした。

 野良仕事の師匠、西田さんの絶大なるご協力を得ながら、どうにかこうにか農地部分を本登記できた後のこと。2年もかかった登記準備のプレッシャーから解き放たれた勢いで「畑、やろう」と思いはじめた絶妙なタイミングで、西田さんがふと「ジャガイモは、カンタンよ。やってみる?」と、誘いかけてくれたのがきっかけでした。

 まずはやってみるから、徐々にマネして、と畝をたてるところから教えてもらいました。半分に切った種イモを、30センチの長さに切った竹の棒をガイドにして等間隔に置いていくのも、へーと眺めるだけ。使ってみる?と渡された鍬をへっぴり腰で使う姿を見ても、そのうち馴れるよと笑ってうなずくだけ。「ジャガイモは強いからね。草取りして、放っておけば鈴なりよ」と言うだけ。ああせいこうせいとは言わない。

 そうして、ほとんど西田さんがつくったと言ってもおかしくないジャガイモ畑が、できあがりました。