Japan元気塾塾長・加藤秀視の被災地支援日誌。仙台空港からいったん戻ってツイッター、フェイスブック、メールで各地の仲間に呼びかけると、続々支援物資が集まり、4トントラック4台に。物資が足りない避難所の情報をツイッターで得て、駆けつける。

石巻から気仙沼に北上、
現実とは思えない壊滅状況……

■3月17日
  日付が16日から17日に変わるころ栃木を出発、今回は緊急車両4台で高速道路を北上、福島西インターで被災者のために炊き出しをしている仲間に燃料を分けた後、宮城県の東松島赤井小学校、石巻湊小学校を目指す。

 17日朝、吹雪の中を松島に到着、赤井小学校に食料、水等の物資の支援完了、次に石巻湊小学校と付近の集落で3000食の食料、水等の支援を完了した。石巻の公共施設や法務局などにも支援物資を届けることができた。

 さらに気仙沼まで北上したが、石巻、気仙沼付近は壊滅状態、現実とは思えないような光景だ。映像でしか見たことがないが、原爆後の広島、東京大空襲の後の東京のようだ。水も食料も圧倒的に足りない。ツイッターとメールマガジンでさらに支援物資を募り、17日夜、栃木への帰路につく。

 被災地を後にすると、今日の出来事が甦る……汚れた服のまま嬉しそうに笑う子どもたちの笑顔と泣き顔、おじぃやおばぁの励ましあうやりとり。支援物資を渡すと、水1本で「ありがとう」と涙を流しながら喜んでくれた。日光から石巻まで高速道路を使えばわずか4時間、それしか離れてない場所で起きてる深刻すぎる現実……もし自分がそうなったら、俺はどうするんだろう? そんなことを帰りながら考える。