この記事は、実話をベースとした日本初の「そうじ小説」である『なぜ「そうじ」をすると人生が変わるのか?』の【第1話】を、全5回に分けて、公開するものです(【その1】はこちら)。

【 7 】

 さらに2ヵ月が経った。町には、ツクツクボウシの鳴き声が聞こえていた。作業場だけでなく、事務所サイドの人間も始業前に全員でそうじをするようになっていた。もともと、そんなに広いスペースではない。全員が一斉に取り掛かれば、ものの10分もかからない。かといって、「きまり」や「規則」をつくったわけではなかった。

 しかも、圭介が「事務所の前のそうじ」をし始めてからしばらくすると、いつの間にかみんなもするようになってしまった。これもみんなですると、数分もかからない。最初は、事務所の両側5メートル近辺だけであったが、だんだんとそのエリアは10メートル、15メートルと広がっていった。

(…まだ、あの老人はいるだろうか?)

  その翌日、2ヵ月ぶりに、公園の中をぬけて出社することにした。もちろん、老人に会うためである。

「いた!」

 かなり濃くなってきている緑のかげから、老人の姿が見えた。なんだか嬉しくなって、圭介は駆け寄った。

「おはようございます」
「おぉ、青年か。元気にしとったかのう」
「はい。おかげさまで」
「ずいぶんとスッキリとしたいい顔をしているのう。さて、また何か質問でもしにきたのかのう」

 まるで、自分の孫でも見るような目つきで圭介を見やった。圭介は、つい先日に起きた、社内での出来事について報告した。

「ほほう、そりゃよかったのう」
「まぁ、なんと言うか。あなたのおっしゃっていた『ゴミを1つ拾う者は、大切な何かを1つ拾っている』ということとは違うかもしれませんが、部下が何も命令していないのに動いたという経験自体が乏しいので、それだけでも嬉しいですよね」

「それで…?」
  老人は、少し鋭い眼光を見せた。
「それでって。何ですか」
「それだけか? という意味じゃよ」
「あ…は、はい」

 圭介は老人に「褒めてもらえる」と思っていた。それが、ちょっと冷たい口ぶりだったので、少しがっかりした。

「なんだ、キミはワシに褒めてもらいたかったのか?」

 あまりにも図星だったので、「うん」と俯いてしまった。老人は、続けてこんなことを言った。

「いいかな、青年。お前がやったのは、普通のことを普通にしただけなのじゃ」
「普通…?」

「そうじゃ、普通じゃ。よいかな。そもそもゴミは落ちていないものだし、職場もキレイなものなのじゃ。誰かが汚したのじゃな。つまりマイナスの状態にあった。それをお前さんや、お前さんの仲間がみんなで元通りにしただけのことなのじゃ。商店街の通りだって、最初から汚れていたわけじゃない。まぁ、朝起きると顔を洗って歯を磨いてご飯を食べる。『習慣』という程度のことじゃ。そんな程度のことで、威張っていちゃいかん」

 圭介は「ムッ」と、表情を曇らせた。「威張る」と言われて過剰に反応してしまった。けっしてそんな気持ちはない。