変化の激しいビジネスの世界で企業が生き延びていくために、イノベーションを生み出しやすい環境づくりが必要なことは、もはや言うまでもないだろう。実は、この問題意識はビジネス領域だけではなく、社会課題の解決を目的とする領域「ソーシャル領域」でも驚くほどに共通している。本連載ではソーシャル領域でイノベーション推進を掲げて活動している日本財団の取り組みを軸に、ソーシャル/ビジネスの領域に共通する、イノベーションを生み出す環境に必要な条件とは何かを見ていきたい。

プロセスを問わず、成果に注目する
「ブラックボックス・アプローチ」

 近年英国で始まった公共サービス・ファイナンスに、Social Impact Bond(SIB)という仕組みがある。

 SIBとは何かを一言で言うなら「成果にフォーカスした公共サービスを民間事業者が行うための仕組み」である。具体的なプロジェクトで説明しよう。

 2015年、兵庫県尼崎市で日本財団が調整役となって、SIBの実証事業として引きこもりの若者の就労支援事業が行われた。

 対象となる若者の家庭は生活保護を受給しており、このままでは行政の財政負担が高止まりしてしまう。逆の見方をすれば、もしいま成果を出せる就労支援策があれば将来の財政負担は削減できると考えられる状況だった。

 ところが、行政ができる活動には「方法」の制約が大きい。例えば引きこもりの若者にとっては就労意欲を持つ以前に、家から出て社会との接点を持つことに高いハードルがある。自治体の福祉事務所に属するケースワーカーは、稼動能力(稼ぎ働く能力)の活用に向けて助言・指導を行うが、彼らの就労意欲を刺激するためであっても、「お茶でも飲もう」と外に連れ出すといった経費が必要な活動はできない。生活保護受給者に対してさらに税金を使うことが困難であるほか、経費を要しない活動であっても、「直接的に」自立助長につながらない活動はできないなど厳しい制約があるからだ。

出典:日本財団
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 一方、SIBでは事業主体者は民間事業者であり、フォーカスされるのは方法ではなく「成果」。そのため、民間事業者はさまざまな方法を試すことができる。実際、この事業では引きこもりの若者を食事や映画や買い物に連れ出したことで、若者自身に自信が生まれ、家の外の世界の楽しみをもっと知りたいという「生きる欲求」となって、それが就労意欲へとつながり、就職活動に結び付いた。

 この事業の成功の肝は、民間事業者が、就職セミナーを何回開催するといった「方法」を行政に約束するのではなく、何人の若者が就職活動を始めるといった具体的な「成果」を出すことを約束し、何をするかについて、自由度が大きかったことにある。このように、プロセスをいちいちチェックして適正に行われているか否かを評価するのではなく、最終的に出てきた成果で評価するこの方法は「ブラックボックス・アプローチ」と呼ばれている。