つねに世間を賑わせている「週刊文春」。その現役編集長が初めて本を著し、話題となっている。『「週刊文春」編集長の仕事術』(新谷学/ダイヤモンド社)だ。本連載では、本書の一部を抜粋してお届けする。(編集:竹村俊介、写真:加瀬健太郎)

スピードが熱を生む。走りながら考えよ

 私が週刊文春編集部に異動になったのは95年3月のことだ。最初は原稿を書かないで、記事のデータを集めてくる「アシ」をやっていた。まだ週刊文春について、右も左もわからない中で大事件が起きた。地下鉄サリン事件である。

「スピード」と「熱」がヒットを生む新谷学(しんたに・まなぶ)
1964年生まれ。東京都出身。早稲田大学政治経済学部卒業。89年に文藝春秋に入社し、「Number」「マルコポーロ」編集部、「週刊文春」記者・デスク、月刊「文藝春秋」編集部、ノンフィクション局第一部長などを経て、2012年より「週刊文春」編集長。

 3月20日月曜日の朝。突然ポケベルが鳴った。慌てて編集部に電話をかけると「すぐに◯◯病院に行け」とデスクに指示された。「とにかく大変な事件があったから、病院に運ばれてくる人に何があったのか聞け」と言う。私はわけもわからず病院に直行した。そして次々に病院へ運ばれてくる人に「何があったんですか?」と聞いていった。人びとは口々に「いやいや、地下鉄の車両で……」「ガス、異臭騒ぎがあって……」「いきなり気持ちが悪くなって運ばれて……」と言う。そんなことを朝8時から夕方くらいまで続けた。

 午後6時過ぎに再びポケベルが鳴った。編集部に電話するとデスクが「お前、すぐに戻って原稿を書け」と言う。「えっ、俺ですか」と驚いた。何せ異動してからまだ2週間弱。これまでアシしかやっていない。週刊文春の原稿など1回も書いたことがないのだ。しかも「右トップ」の4ページ。いきなり地下鉄サリン事件のドキュメントを書くことになった。

 しばし呆然としたが、つべこべ言っている場合ではない。病院や駅などいろいろなところに取材に行っていた10人近い記者たちのデータ原稿がどんどん上がってくる。データ原稿を読みながら、私は構成を考えた。データ原稿を一つひとつ、つぶさに読んでいくと、だんだんと全体像が見えてきた。地下鉄サリン事件は、いくつかの路線で同時多発的に起こった事件だったが、「この人とこの人は、同じ車両で、同じものを見ていたんだな」「これとこれは同じ場面だな」というのが浮かび上がってきたのだ。私は場面ごとにデータを整理して、それを時系列で再構成していった。何が起こったのかが目に浮かぶようなドキュメントを書こうと考えた。

 方針が決まってからは、わりとすんなりと書けた。その時点ではオウム真理教が犯人とは断定できなかったので、「犯人は何者か」について識者のコメントも入れて、朝までに4ページの原稿を書き上げた。ただ、実はその頃はまだ私はパソコンを使っていなかった。手書きである。パソコンのように削除したり、構成を入れ替えたりは容易ではない。怒涛の1日だったが、初めて書いた原稿が、地下鉄サリン事件。しかも右トップの4ページとは、想像もできないデビューであった。

 言うまでもなく、週刊誌は「スピードが命」である。走りながら考える。いちいち立ち止まってはいられない。

週刊誌は「美しさ」よりも「鮮度」

 これはデスク時代の話。ゴールデンウィーク合併号の校了日の朝、JR福知山線の脱線事故が起きた。合併号は通常より刷り部数が多く、進行も早い。当然ながらすでにその段階では特集の中身はガッチリと固まっていた。ただ私は、被害者の数とともに拡大していく報道に、いても立ってもいられない気分になった。血が騒いでどうにもならない。そこで編集長に「なんとしてでもページを捻出してやりましょう」と進言した。すでに全てのページが埋まっていたので、結局「読者から」という最後の1ページを差し替えることになった。

 私はすぐに特集班に号令をかけた。「すぐに動けるものは集まってくれ」。合併号の仕事が一段落していた記者たち10人以上がすぐに私を囲んだ。「カキ」は西岡研介氏に任せた。緊急取材班はそれぞれ手分けして取材にかかった。運転士の名前が割れた(判明した)ため、電話帳で片っ端から同姓の家を調べて電話をかけた。すると幸いなことにひとりの記者が他のメディアに先駆けて運転士の親に話を聞くことができた。私は編集長に車内吊りの広告もこの事故を大きくして刷り直すように頼んだ。正味8時間ほどの鉄火場。まさに湯気が出るような現場だった。

 今振り返って、あの記事が入ったことでどれほど部数が伸びたかはわからない。車内吊りを刷り直したことなどを考えたら、費用対効果ではマイナスだったかもしれない。それでもあの経験を共有したことは、私にとっても記者たちにとっても貴重なものだった。我々週刊誌の世界では「どこまで粘るか」が勝負を分ける。職人肌の編集長、デスクほど、「美しい雑誌」を作りたがる。だが、週刊誌は美しさより鮮度。突貫工事でもイキのいいネタを突っ込むべきなのだ。丁寧に積み上げたものを最後にガラガラポンする蛮勇もときには必要なのである。