(2008年4月、青島)

 改めて彼の頭を見ると、白髪が目立っていることに気付いた。たしか自分より一つ年下だったはずだ。隆嗣は言葉を探しあぐね、平凡な言葉しか掛けることが出来なかった。

「君も、苦労したんだな」

 一つ首を振ってから、建平が話を続ける。

「あまりに自堕落な俺を見かねたんだろう、親父が仕事をしろと言ってきてね。それは、軍の演習場の一部を工業団地造成に払い下げる窓口を作ることだった。
  その頃は、経済発展に遅れを取るまいと人民解放軍もサイドビジネスに熱心だったが、北京のトップ連中は軍が独自に資金を稼ぐのを警戒して、締め付けを始めようとしていたんだ。それで、金儲けの窓口となる民間公司を欲していた済南軍区の懐から資金を出させて、不動産業を始めたんだよ……。
  最初は嫌々ながら始めた仕事だったが、忌み嫌っていた共産党の連中も、軍の威光と圧力の前には頭を下げるのを見て快感になってしまってね。ささやかな復讐心で仕事にのめり込んだよ。気が付けば、自分が体制側の裏に潜んで太っている豚になっていたわけだが、それでも続けてこれたのは、魯迅公園で君と交わした言葉が支えてくれたからなんだ」

 隆嗣の問う目に、建平が続ける。

「忘れたことはない『小さい火であっても、それを灯し続ける』そう誓った。火を灯し続けるには力を蓄えることが必要だと、自分に言い聞かせてきた。そして、ようやく力を得たと思えた頃には、世の中のほうが恐ろしいほどの速さで変わってしまっていた……。
  あの頃、俺たちが持っていた熱は、いったいどこへ行ってしまったのか。今になって俺は、自分の居場所を見失って後悔ばかりが心に渦巻いているんだ。それで、仕事を女房に任せて表の世界から身を引き、ここで酒ばかり飲んで暮らしている……。そんな時に君と再会できるとは、酷い運命の悪戯だね」

 建平が、再び自嘲の薄笑いを顔に貼り付かせた。

「君がどう思っているのかわからないが、君と再会できたことを、俺は本当に心から喜んでいる。運命の悪戯なんかじゃない。これは必然さ……。実は、李傑とも再会できたんだ。そして俺は、今でも待ち続けているんだよ」

 自分を責める建平を少しでも励まそうと、隆嗣は心の奥底に隠し続けていた望みを口にした。彼女がどこかの収容所に囚われているのならば、いつかは出られる日が来て、杭州に残る両親に何らかの連絡が入るのではないかと、李傑の話を聞いてから抱き続けていた『微かな希望』だ。

 しかし、隆嗣の話を聞いた建平は、眉間に皺を寄せている。明らかに疑問と不快を表しているようで、隆嗣は訝った。建平が低い声を発する。

「待ち続けるって、それは立芳のことかい……。それに、李傑と会ったのか?」

「ああ。李傑とは、一緒に事業も始めたんだよ」

 隆嗣が、李傑との再会から今に至るまでの出来事をかいつまんで説明したが、話が進むにしたがって建平の眉間の皺は深まるばかりで、ついには顔を背けて黙り込んでしまった。