「自分たちでできることから始め、一歩ずつ前進する」といったアプローチで達成できる目標もあるが、そうしたやり方では「自社はどうやって新しい分野を切り開いていくか」といった、一見つかみどころのない大きな目標の実現には、いつまでもたどり着けない。このようなときの突破口として期待されるのが、「イノベーション」だ。
 連載第2回となる今回は、日本のソーシャル業界において大きな影響力を持つ日本財団が、どのようなプロセスでソーシャルイノベーションを生み出しているのかを探ることで、ビジネス領域とも通じ合う「イノベーションが生まれやすい環境の醸成法」を考えてみたい。

マルチセクターで
社会課題に取り組む

 日本財団は、海に関する公益事業をはじめとしてさまざまな社会課題に取り組んできた公益財団法人である。ボートレースの収益から財団が得る予算は年間240億~250億円に上り、これらはさまざまな社会課題の解決に投じられている。

 とはいえこの額も、国家予算のうち政策に使われる30兆円と比べたら微々たるものといっていいだろう。無数に存在する社会課題に対し、一財団ができることは限られている。

 そこで日本財団はいま、ソーシャル領域だけでなく行政や企業など複数のセクターによる連携、つまり「マルチセクター」で課題に取り組むことを推進し、社会課題にイノベーティブな解決策を見いだそうとしている。

 イノベーションを起こすための方法論は、ビジネス領域でも盛んに論じられてきた。中でも近年特に注目されている手法に、「デザイン思考」と呼ばれるアプローチがある。

 実はこのデザイン思考でも、最も重視される要素の一つが「異分野の人たちが集まってプロジェクトを行うこと」だとされている。

 デザイン思考でいうデザインとは、色や形をきれいに整えるデザインではなく、「コンセプトのデザイン」のこと。米国のデザインコンサルティング会社IDEO(アイディオ)が、イノベーションを生み出しやすい環境を醸成するために編み出した独自のアプローチを、後にメディアが「デザイン思考」と呼ぶようになった。

 IDEOはこのアプローチによって、パソコン用のマウスが一般に普及するきっかけとなったAppleの初代マウスをはじめ、新製品のみならず組織運営、経営、教育、医療など多くの分野でイノベーションを生み出し続けてきた。

 日本でIDEOのデザイン思考に基づいたワークショップを行っている慶應義塾大学の奥出直人教授は、この方法論の大きな特徴は現場観察と試作、そして「異分野融合」だと指摘している。

 多くの企業は新製品や新サービスを開発するために企画開発部や研究開発室のような専門の組織を置くが、デザイン思考の考え方によれば、そのようなやり方ではイノベーションは生まれない。営業、エンジニア、デザイナー、研究者など、見ている現場も使っている言語もまるで違う者同士が集まってプロジェクトを行うことこそがこれまでの型や思い込みを破壊し、社会を大きく変革するイノベーションを生み出すという。

 日本財団の掲げるマルチセクター推進は特にデザイン思考を下敷きにしたものではないが、イノベーションを生み出すには異分野融合が必須という思想は共通している。