作家よしもとばなな氏と世界的なサイキック、ウィリアム・レーネン氏が「自分の人生を生きる」ための大切なヒントについて、1年にわたる往復メールで語り合った『人生を創る』。互いに信頼し合う二人が本書執筆後に交わした、特別な往復メール。

よしもとばなな >>> ウィリアム・レーネン
Banana Yoshimoto >>> William Rainen

  ウィリアムから、一回も聞いたことがない言葉があります。
  「足さえ動けば」「もしもう少し若ければ」というような言葉です。もし~であれば、もっと日本に行ける、明日会える、仕事がもっとできる、もっとたくさんの人を救える、などなど、そういうたぐいの言葉を彼は言いません。
  彼は今日できることを、今日の自分のままで、しています。
  彼にできる限界のことを、むりしすぎるわけでもなく、ちゃんと人間らしく文句も言いながら、でもたくさん笑いながら、できるかぎりの愛をこめてしています。
  きっとウィリアムがもっと若くても、松葉杖でなくても、遠いハワイに住んでいなくても、彼は彼のままなんだ、同じなんだ。
  そう思いますし、それはとても安心できることです。
  
  私は末っ子の甘えん坊で、いつでもだらだらして文句ばっかり言って、大人になってもそれは治らず、いろんな大人たちにしかられてきました。でも、やることはやってるからいいんだ、と思ってきました。
  でも、ウィリアムを知るようになってから、その姿が千の言葉よりも説得力を持って私の心にせまってくるようになりました。
  人がなにを言うかで人をはかるのは簡単です。そしてなにかを言うのも簡単なのです。
  その人がなにをしているか、そしてなにを言わないか。
  そのことはとても重要だと、ウィリアムを知って思うようになりました。
  いい歳をしてなんですが、私は少しだけ大人になれたような気がします。
  「こうでさえなければできる」ということは、きっと「そうでなくなってもしない」ことなのだと思います。
  この人生の最後の日は必ず来ます。その日まで、私も少しずつでもウィリアムのように、よけいなことを言わず、そのときにできるベストのことをして、よく笑って、よく食べて、よく眠って、なるべくひとつひとつのことに愛をこめてしていけたらと思います。成功がどのようにやってくるか、それは選べません。成功がなんであるかさえ選ぶことはできない。ただ、そのように生きれば心の中に豊かな楽園ができます。心の中に楽園があれば、必ず心の外にもその人にとっての楽園ができているはずです。それを人生の成功と呼ばずして、なにを成功と言えるでしょうか。

よしもとばなな(Banana Yoshimoto)
小説家。1964年、東京生まれ。日本大学芸術学部文芸学科卒業。87年、「キッチン」で海燕新人文学賞、88年、単行本『キッチン』で泉鏡花文学賞、89年、『TUGUMI』で山本周五郎賞を受賞。また『うたかた/サンクチュアリ』『アムリタ』『不倫と南米』等の作品でも海外を含め数々の文学賞を受賞している。アメリカ、ヨーロッパなど海外での評価も高く、『キッチン』をはじめとする多数の作品が現在30カ国以上で翻訳・出版されている。スピリチュアルな世界にも造詣が深く、これらの知識や経験をもとに、エッセイや対談などでも活躍している。