気鋭の労務専門弁護士である向井蘭氏が、労働法と労務のポイントを「経営者のために」解説する連載。最終回となる今回は、どのような会社・経営者がもめやすいのかを紹介する。じつは労使間での争いが起きやすいのは、ブラック企業などでなく、人柄のいい草食系経営者、金払いのいい会社だという(文中の事例は、事実をもとに改変を加えたものです)。

役員が労働組合をバックアップしたケースも

 もめる会社でいちばん多いのが、経営者が交代したばかりの会社です。

 労働問題を扱い始めた当初は、経営者が若くて経験が少ないからもめるのかと思っていましたが、そうではありませんでした。2代目、3代目の社長として30代、40代で会社を継いだとき、トラブルが起きやすいのです。

 先代社長の時代から我が物顔に振る舞ってきた古参社員が、居心地のいい会社を新社長に邪魔されたくないという理由で、トラブルを起こし始めるのでしょう。

「会社が社員に乗っ取られた」
  事務所にやってきた社長は顔面蒼白でした。

 社長は2代目。創業者であった父親が亡くなり、数ヶ月前に事業を継承したばかりでしたが、先代時代の大番頭的社員が外部の労働組合と手を結び、新社長に反旗を翻しました。それまで社員は組合活動などに興味のない人ばかりでしたが、「働きやすくなるから」と組合に誘われ、わずかな期間で全社員が組合に入りました。会社に余裕がないのはわかっているはずなのに、組合は賃金アップや諸制度の改善などを次々に要求してきます。

 新社長は孤立無援の状態です。誰を信用していいのかわかりません。労務関係のトラブルに詳しい人も周囲にいないため、どう対応したらよいかもわかりません。
  社長は「悔しい」と言いながらぽろぽろと涙を流しました。

 ある会社では、創業者である先代社長が突然亡くなって息子さんが会社を引き継いだところ、労働組合の結成通知がきました。それだけなら問題はないのですが、漏れるはずのない会社側の情報が労働組合に漏れるなど、明らかに様子がおかしいのです。新社長は、役員の1人が労働組合をバックアップしていると確信していましたが、確証はありません。

 結局、この役員が横領を行なっていたことが発覚し、証拠を突きつけたところ、自ら退職していきました。同時に労働組合も解散し、以前の会社に戻ったのです。