第3章

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「高脇という大学准教授がいたな。スーパーコンピュータ〈京〉に送り込んだ地震学者だ」

 総理は官房長官に向かって言った。

 教授に昇進させるという言葉には乗ってこなかったが、スーパーコンピュータ〈京〉を使ってより正確なシミュレーションをしたらどうか、という提案には簡単に乗ってきた。

 緊急、かつ極秘研究ということで、その足で〈京〉のある神戸の理化学研究所、計算科学研究機構に向かったはずだ。しばらくの間、黙っていてくれるだけでよかったのだが、今となっては、早く正確な発表をした方がいい。どの組織か、どこの国か不明だが、勝手なことを吹聴されるより、あの准教授に登場してもらおう。

「現在も神戸の研究施設です」

「近い内に施設から発表があると聞いているが」

 秘書が総理のデスクの上の書類を探し始めた。ここ数日間でかなりの量がたまっている。中から1枚のファイルを抜きだした。

「今日、昼に発表があるはずでしたが、中止にさせました。この騒ぎですから、余計混乱を広げるだけだと判断いたしまして」

「何を発表するつもりだった」

「ファイルに書いてあります」

 秘書はファイルを差し出した。

「話してくれ。読んでいる時間はない」

 一瞬困ったような表情を浮かべたが、ファイルのページをめくりながら話し始めた。

「今後5年以内にマグニチュード8クラスの地震が、ほぼ95パーセントの確率で首都圏に起こるというものです」

「ネットに広がっているものと同じじゃないか」

「5年以内と半月以内では、天と地ほどの違いがあります。マグニチュードも8と9とでは、約30倍の違いです。それに、シミュレーションデータもしっかりついています。何よりスーパーコンピュータ〈京〉を使った、計算科学研究機構の名が入った論文です。信憑性が比較になりません」

「5年以内の発生確率95パーセントというのは──」

「東日本大震災時の宮城県沖地震の発生確率は、30年以内で99パーセントでした」

「なぜ、発表を中止させた」

 秘書は、えっという顔で総理を見ている。

「このような数字を発表していいんですか」

 総理は考え込んだ。

 その時、ドアが開き、秘書が入ってきた。

「新たなサイバー攻撃が始まりました」

 総理の顔がさらに青ざめた。