ビジネスでも「リーンスタートアップ」がブームとなり、リスクを柔軟に取り込む起業のあり方に注目が集まっているが、不確実な時代の人生設計もまた同じである。家もオフィスも持たない生活実験プロジェクト「ノマド・トーキョー」から見えた、予測不可能な時代を柔軟にしなやかに生き抜くヒントとは?

「アジャイル」と「リーンスタートアップ」の
手法を人生にもインストールする

 ここ数年、「俊敏な」という意味を持つ「アジャイル」という言葉をよく目にするようになりました。ソフトウェア開発プロセスのうち、いいものを素早く無駄なくつくろうとする手法の総称であり、従来の、後戻り不可能な開発スタイルと対比して使われたりします。

 今、IT業界での開発の主流は、このアジャイル型の設計となってきています。周到に計画し長い時間をかけて制作し、完成してから発表するのではなく、未完成であっても、核となる要素が備わったβ版をまずはリリースしてみる。そこで、ユーザーや顧客の意見や不具合の報告を取り入れながら調整を施していくというやり方です。

 つまり、最初から「可変」という要素が設計に組み込まれているのです。これからのライフデザインも、この「アジャイル」に近くなるはずです。世の中が急速に変化する中で、10年計画の固定化されたライフプランより、偶然や経験を取り込んで変化し続ける設計の方が合理的です。

 アジャイルに似たコンセプトとして、「リーンスタートアップ」という言葉もあります。「リーン」とは本来は「引き締まった」とか「シンプル」といった意味で、ここ数年、アジャイルと同様にIT業界で注目を浴びています。そこに起業家、いわゆる「スタートアップ」の経営とも結びついたことで、「リーンスタートアップ」という素早く立ち上げる起業のスタイルとして定義され、アメリカの西海岸からムーブメントは広がり、日本でも知られるようになりました。

 インターネットやソフトウェアの世界というのは、進歩のスピードがあまりにも速すぎて、その状況の中で事業を興していくスタートアップは常に実験の連続ですし、ほとんどのスタートアップが失敗をし、倒産を余儀なくされるのが現実です。起業とはいつの時代もリスクが高いことには変わりがありません。

 しかし、スタートアップで問われているのは、単に「何がつくれるのか?」という近視眼的な目先の目標ではなく、「何をつくり、何を社会に届けるのか」という根本的なビジョンです。スタートアップにおける「本当の失敗」というのは、技術的な欠点ではなく、人々が望まないもの、社会にとって意味を成さない、ビジョンのないものをつくってしまうということです。

 この「アジャイル」と「リーンスタートアップ」という考え方を、ビジネスや起業の範疇を超えて、ライフデザインにも転用したらどうなるでしょうか。「自分には何ができるか」ということにとらわれすぎると、「○○ができるようになってから××を始めよう」という考えになって、結果的に動けなくなってしまいがちです。

 でも、リーンスタートアップ的な考えを応用してみれば、まずは試してみて、周りの評価を確認したり、自分の適正を正確に図ったりしながら、その経験をいかに素早く次に活用するかということになります。第7回でご紹介した、ライフデザインにおける3つの要素、「セルフ」「ワーク」「リビング」に関して、最初から完全なものを求めるのではなく、不完全なプロトタイプの状態から動き出し、その過程で起こる変化を上手に取り入れていくわけです。

 僕が出会ったライフデザイナーたちも当初、周りから必ずと言っていいほど「そんなので大丈夫?」と思われたようですが、彼らに共通していたのは、始めることに躊躇せず、まずはやってみて、そこから検証を重ねて、徐々に良くしていくという意識を持っていたことのように思います。

 ライフデザインをする上で、これまでと視点を変えるためには、こうした「プロトタイプ思考」と呼ぶような、まずスタートして、改善しながら前進するという意識を持つことがポイントになりそうです。あくまでも振り返っての結果論ですが、僕が行ったノマド・トーキョーも、まさにアジャイルでリーンなやり方で始めて、改良を重ねていったプロジェクトだったという気がしています。