一度掲げた夢は、もう変えられない?夢がかなわないと悟ったときにはどうする?プロ陸上選手としての人生にピリオドを打ち、次のキャリアへと踏み出した為末大さん。体育教師からハーバード留学を経て、NPO活動に打ち込むようになった松田悠介さん。キャリアを自在に変えてきたお二人に、夢の持ち方、変え方、そしてキャリア、仕事について語っていただきました。(撮影 宇佐見利明)

夢の達成をゴールにしてはいけない
「幸せ」は夢に向かうプロセスにある

松田 為末さんは『走りながら考える』の中で、「残念だけど頑張れば夢はかなうは幻だ」と述べていました。私は子どもたちに「夢を持つことが大事だ」と教えてきたので、この指摘は興味深かったです。

為末 夢には二つのレイヤーがあると思います。まず夢を持たなくちゃ始まらないという段階と、現実問題としてみんなが夢をかなえられるわけではなく、それに気づいてしまった段階です。

 松田さんが子どもたちに伝えているのは前者だと思いますが、僕が伝えようとしているのは、後者の段階。実際、何者かになりたいけど、いまだに何者にもなれていない自分を責めている人は少なくない。そういった人たちに何か伝えられたらと思いまして。

燃え尽きる「夢」、幸せが続く「夢」松田悠介(まつだ・ゆうすけ)
全米で就職ランキング第1位になったティーチ・フォー・アメリカ(TFA)の日本版「ティーチ・フォー・ジャパン(TFJ)」創設代表者。大学卒業後、体育科教諭として中学校に勤務。体育を英語で教えるSports Englishのカリキュラムを立案。その後、千葉県市川市教育委員会 教育政策課分析官を経て、ハーバード教育大学院修士課程(教育リーダーシップ専攻)へ進学し、修士号を取得。卒業後、外資系コンサルティングファームPricewaterhouseCoopers にて人材戦略に従事し、2010年7月に退職、現在に至る。世界経済会議Global Shapers Community メンバー。経済産業省「キャリア教育の内容の充実と普及に関する調査委員会」委員。

松田 私と同世代の人にも多いですよ。会社に入ったときには問題意識やエネルギーがあるのですが、キャリアを積み上げるほどにエネルギーが減っていき、現実にぶちあたって悶々としている。

為末 僕は、夢がかなうかどうかはどうでもいいと考えているんです。幸せは未来にあるのではなく、いまにしかありません。山登りに例えると、山頂に幸せがあると思っているのは、ずっと幸せを追い求めている不幸せな状態。一方、山登りしていること自体に幸せを感じられたら、山頂に到達しようがしまいが、ずっと幸せ。理想なのは後者ですよね。

 もちろん何の目標もなく山登りはできないでしょう。山頂を目指すという目標があってこそ、山登りのプロセスも発生します。

 夢もこれと同じです。夢を抱くからこそ、いろいろとやることがあって、日々が充実してくる。夢の効用というのは、それを達成することではなく、そこに向かうプロセスを充実させることにあるのだと思います。
 

夢がかなえば苦労が報われる……
この発想は不幸せのもと。

松田 夢を持って、それに向かって努力すれば毎日が充実するけれど、夢をかなえることだけに固執してもいけないということでしょうか。

為末 そうですね。夢に向かって頑張る人も、二つのタイプに分かれると思います。夢を目指して頑張っている「いま」って楽しいよね、と思えるタイプと、「いま」は苦しいことばかりだけど、夢がかなえばぜんぶ報われると考えて努力するタイプの二つです。

 アスリートは後者のタイプが多いのですが、このタイプは危険です。夢がかなった後に燃え尽きてしまうし、夢がかなわずに挫折したときにも徒労感しか残らないからです。一方、夢を追い求める日々が充実していて素晴らしいといえるタイプは、結果が出ようと出まいと幸せを感じられる。

 一般の人も同じでしょう。夢がかなえることでいろいろな問題を解決しようとする人は、うまくいってもいかなくても、不幸せになりがちです。それよりも、夢に挑んでいくプロセスで充実を感じる生き方のほうがいい。この両者の違いを認識したほうがいいと思います。