純米大吟醸『獺祭』を展開する山口県の旭酒造。2012年度の売上高は25億円(前期比51%増)と10年間で約6倍に成長した。今年度の売り上げも、それをさらに50%上回る破竹の勢いで伸びており、青息吐息の日本酒業界にあって、数少ない勝ち組といえるだろう。3代目の桜井博志社長はしかし、現状に甘んじることなく、海外市場の掘り起こしを本格化させる。この前編では、海外市場の開拓に向けた手応えと課題などを聞いた。(文中敬称略)

―――今年5月に、東京・京橋に直営の日本酒バー『獺祭Bar 23』が開店しました。獺祭の全ラインナップと、小山裕久氏による創作和食が楽しめる、というシンプルなコンセプトで、決してお安くないですが(笑)盛況ですね。

桜井 オープンした月は予算比約200%、今は少し落ち着きましたがそれでも同150%程度と、予想していた以上にたくさんのお客様に来て頂いて、連日満員です。純粋に飲食店として成功させようとしてつくった店ではないので、それからすれば、お陰様で信じられないような反響ですね。

―――同店出店のいちばんの狙いは、ブランド発信ですか。

海外の日本酒流通のしがらみを打ち破り<br />お客様にベストの『獺祭』を見せたい桜井博志社長。「私たちはいつまでも“山口の山奥の小さな酒蔵”。いつも「あぁ、美味しい」というお客様の声がすべてです」

桜井 それもありますが、海外に展開するプロトタイプにしたいと考えています。そもそも、丁寧につくられた高級な和食と日本酒を楽しんで頂くスタイルが受け入れられるか、実験してみたかったんです。近年、日本酒業界にかぎらず飲食業界が、ともすると安いほうへ流れていることに疑問を感じていたので。

 そういう風潮を呼んだ背景には、いくつか理由があります。

 たとえば、お客様側の要望として、酒そのものは高価格帯でも、それに付随するサービスは安いほうがいい、と割り切っておられる方は多い。また、酒蔵の社長も、安きに流れるのを助長しているところがあります。誤解を恐れずに言えば、昔の酒蔵は田舎の名士と見られていたから、むしろなるべくカネがない風に見せるのが粋であって、今もそのノリで立ち飲み屋で飲むのを喜ぶわけです。酒蔵も実のところ、いまや持っているのは資産だけで、フローのキャッシュが潤沢なわけじゃないんですけどね、うちも含めて(笑)。

高級な日本食の店にワインが並ぶ寂しさ

桜井 そうこうしているうちに、京都にあるミシュランで星がついているような伝統ある日本料理の店には、ワインばかり並ぶようになってしまった。「いえ、日本酒も置いていますよ、うちはちゃんと」と言われてしまう体たらくです。

 ワインの話になると「僕が選んできます」と身を乗り出すご主人も、日本酒のときは「ここにメニューがありますから、どうぞ」と明らかにテンションが下がっている。これって、問題ですよね。日本でいちばん高級といえる日本料理の店で、日本酒がどんどん追いやられているわけですから。

 もちろん、立ち飲み屋には、それの良さがあります。だけど一方で、お客様も、安ければなんでもいいわけじゃなく、満足して納得できる価値を求めておられるはずだ、と信じてつくったのが、今回のバーです。当初は社内でも「値段が高すぎるんじゃないですか」と批判的な意見もありましたが、フタを開けたら大盛況で、本当に嬉しく思っています。