大手紳士服チェーン「しきがわ」の販売スタッフ高山 昇は、経営幹部の逆鱗に触れ、新設の経営企画室に異動させられてしまう。しかし高山は、持ち前の正義感と行動力を武器に、室長の伊奈木やコンサルタントの安部野の支援を得ながら、業績低迷が長引く会社の突破口を探すべく奮闘。若き経営参謀として一歩ずつ成長する――。企業改革に伴う抵抗や落とし穴などの生々しい実態をリアルに描く『戦略参謀』が8月30日に発売になりました。本連載では、同書の第1章を10回に分けてご紹介致します。

**こんなところにオフィスが?

 JR荻窪駅から10分ほど歩いたあたりにある、閑静な住宅街の路地を高山は歩いていた。

 伊奈木から聞いた住所をスマートフォンの地図アプリに入れ、住宅街をさらに10分ほど歩き、昭和風の鉄筋コンクリートの住宅のある区画にたどり着いた。

「もらった住所が正しければ、この大きな家だけど、入口はどこなんだろう」

 住宅街の中でもひときわ大きいその区画に、その建物はあった。高めの壁で囲まれた区画を回り込むことさらに数分のところに大きな鉄製の門があった。その脇の小さな勝手口のところにあるインターホンを押し、しばらく待つと、「はい」という若い女性の声が返ってきた。

「株式会社しきがわの高山といいます。安部野さんとお約束をしています」

「お待ちしていました」という返事が聞こえ、小さな勝手口のドアのロックがカチャッと音を立てて外れた。

 門の中に入ると、その建物は一世代前の鉄筋コンクリート製の大きな家だった。玄関に向かって歩きながら高山は、「こういう建物が、昭和の時代の邸宅なんだろうな」と思いながら、建物正面の大きな扉の前に立った。

「失礼します」

 と、高山がその扉を開けると、吹き抜けの大きなスペースがあった。

 天井は、はるか上に高く、開放感はあるものの、なぜかやや暗めのエントランス。そこに、淡いピンク色のスーツ姿で30歳前後に見える小柄な女性が笑顔で立っていた。

 その女性は先ほどのインターホンと同じ声で、
「お待ちしていました、高山さん。お入りください」
 と少し早口で、スリッパを高山の前に置いた。

「安部野は打ち合わせ中ですが、間もなく終わると思います」
 と、中に案内され、しばらくここで、お待ちください、と応接スペースのようなところに通された。