中国ビジネスから撤退すべきか継続すべきか悩む場合は、まず、撤退に伴うリスクを明確に認識しておくことが必要でしょう。撤退に伴うリスクが極めて大きければ、黒字化に少し時間はかかるものの、そのチャンスがある限り、中国ビジネスを継続するという決断ができるからです。新刊『これからの中国ビジネスがよくわかる本』のダイジェストをお伝えする本連載では、今回から“撤退時に留意すべきリスク”を紹介します。初回は、なかでも最大級のリスクと思える、従業員に支払う経済補償について。背筋も凍る、超メガトン級リスクです…。

撤退時に支払う「経済補償」とは何か?

 本題に入る前に、撤退にはどのような手段があるのか、簡単に解説しておきます。原則的な手法は、第三者(合弁事業の場合、合弁パートナーを含みます)に対して、自社が保有する中国の子会社の出資持分を全部譲渡することによる撤退です(以下「出資持分譲渡型撤退」)。そして例外的な手法は、中国の子会社を経営期間の満了前に解散・清算することによる撤退です(以下「清算型撤退」)。

 前者が原則的といえるのは、後者が中国の子会社の法人格が消滅するまで、すべての資産を売却・処分し、すべての負債を支払い、清算するという気の遠くなるような作業をしなければならないことと比較して、簡便かつ迅速で、相対的にリスクが小さいからです。以上を前提として、今回は特に労働法に関わる、経済補償について説明していきましょう。

 清算型撤退を選択する場合、従業員との労働契約は必然的に終了します。中国の子会社そのものが解散・清算のプロセスを経て、なくなってしまうからです。

 このような場合、中国の子会社は従業員に対して、過去の勤務年数に応じた経済補償を行う必要があります。単純化して言えば、中国の子会社で過去に満X年間勤務した従業員がいるとすれば、原則として基本賃金だけではなく、各種手当や補助などすべてを含む直近12ヵ月の賃金の平均額Yを基準として、(X×Y)が経済補償の金額となります。

 この経済補償は、日本でいうところの退職金とは異なります。日本の退職金は企業が任意に導入すべきもので法律が強制するものではありませんから、日本では退職金制度を持たない会社が多数存在します。

 対する中国の経済補償は、撤退時など一定の定められた場面では会社が支払うことを法律が強制します。また、両者はそもそも、目的や趣旨が異なります。たとえば、日本の退職金は最高裁判例によれば「過去の貢献に対する報奨金」という性質と、「給与の事後払い」という2つの性質を有します。これに対し、中国の経済補償は「生活補助費」という古い呼び名から推察されるとおり、転職が難しく失業保険制度も整っていなかった時代に「会社都合で失業した従業員の生活補助」を付与する趣旨で始まった制度です。