ベンチャー企業の経営者として実務に携わり、マッキンゼー&カンパニーのコンサルタントとして経営を俯瞰し、オックスフォード大学で学問を修めた琴坂将広氏。『領域を超える経営学』(ダイヤモンド社)の出版を記念して、新進気鋭の経営学者が、身近な事例を交えながら、経営学のおもしろさと奥深さを伝える。連載は全15回を予定。

マッキンゼー時代にフレームワークを使ったことはない

「これまでに、最もよく使った経営分析のフレームワークは何ですか?」

 私は3つの会社の起業を経験しました。そして、マッキンゼーという外資系経営コンサルティング会社に所属し、日本だけではなく、世界中で経営戦略立案の仕事をしていました。

 退職してオックスフォード大学で研究生活を始めて以降も、また立命館大学の経営学部に移籍してからも、非常勤のコンサルティングやアドバイザーを引き受けています。そのため、こうした質問をされたことは一度や二度ではありません。

 その都度、自分の経験を思い返してはみるものの、不思議なことに、書籍や雑誌でよく見かけるようなフレームワークを使った記憶は一度もありません。また、経営学の教科書にはよく掲載されている「ファイブフォース分析」「SWOT分析」などに至っては、実際の事業の現場では使ったことも見たことも聞いたこともありませんでした。

 それは当然のことかもしれません。

 もし、みなさんが、大金を支払って経営コンサルタントと契約した立場だとしたらどうでしょうか。彼らがファイブフォース分析とSWOT分析を提示してきたら、きっと机を叩いて、椅子を蹴り上げ、顔を真っ赤にして席を立ってしまうことでしょう。

 もしかしたら、実務を知らない研究者や、本当の問題解決を知らないコンサルタントが、こうしたフレームワークを振りかざしてビジネス雑誌にも勝てない議論を続けたり、いわゆる“グレイヘア・コンサルティング”(経験のみを売りにして、アドバイスを行うコンサルティング)で企業を混迷に導いたり、こうした不十分な分析で実務家の失笑を買う例もあるのかもしれません。

 しかし、世界を相手に戦う経営の実務の場で、経営学者が解説するような一般的な概念がそのまま使われることはほぼありえ得ません。逆に、実務家向けに書かれた経営書が一般に評価されることはあっても、経営学の研究の第一線で探究されているような学術的な理論や概念が、そのまま経営の現場に活かされることはほとんどないのが現状です。

 私はこれまで、「実務」と「研究」の中間点とも言えるような独特の経歴を歩んできました。連載初回である今回は、私自身が何者であるかをまずご紹介したいと思います。