万年赤字会社はなぜ10カ月で生まれ変わったのか? 実話をもとにした迫真のストーリー 『黒字化せよ! 出向社長最後の勝負』の出版を記念して、プロローグと第1章を順次公開。万年赤字の問題企業に出向となった沢井。初出社早々、彼を待っていたのは「絶望」だった―――。(連載第1回目、第2回目はこちら

第1章 赴任【7月】
出向初日の衝撃

「着任以来5年間、みなさんと苦労を共にしてきましたが、残念ながら当社の業績は向上せず……、今回はからずも当社の社長を退任し、親会社の顧問として……。後任の沢井社長は私よりはるかに若く、現役のバリバリで、親会社の各部所で優秀な業績を上げてきたばかりでなく……。また取締役総務部長として赴任された藤村さんは……」

 小さな台の上で、渋谷前社長が退任の挨拶をしている。

 7月1日の午後1時過ぎ、太宝工業の1万5000坪の敷地を東西に貫く幅広い舗装道路のひと隅に社員たちを集めて、新旧経営者交替の挨拶が行なわれていた。
 梅雨が一服して雨はここ数日あがっており、雲間から時折り淡い陽がさすうす曇りの日が続いている。蒸し暑く、けだるい午後だ。

 太宝工業では毎月1日の朝8時30分から、社員全員を集めた朝礼が行なわれる。
 安全面を中心とした注意事項、その他もろもろについて、役員たちが交替で話をする。せいぜい10分か15分ぐらいの朝礼である。

「今日はお二人が親会社で辞令をもらって、必要なところへ挨拶を済ませてから当社に来られる時間を考慮して、午後1時からにしたのです」

 工場西側の正門を入ってすぐ右手にある木造2階建ての古い事務所の社長室で、食堂から取り寄せた弁当を食べながら、沢井と藤村に渋谷前社長は言った。
 都心にある親会社から、東京のはるか西部郊外の太宝工業までは、車でとばしても1時間以上かかる。沢井と藤村は今朝から忙しい思いをしていた。

 渋谷前社長の挨拶が続いている。

 沢井は眼の前に集まっている社員たちを見て愕然としていた。