大手紳士服チェーン「しきがわ」を退職した高山昇は、レディースアパレルを複数展開する一部上場企業、グローバルモード社に転職する。高山は、社長の田村から直々に低迷する事業の立て直しを命じられる。しかも、その期限は半年――。果たして、高山は社長の期待に応えられるのか? 若き参謀、高山昇の奮闘ぶりを描く『経営参謀』が6月27日に発売になりました。本連載では、同書のプロローグと第1章を5回に分けてご紹介します。

ブランドの現状

 本社への初出勤の翌日、高山はJR千駄ヶ谷駅から東京体育館の敷地を通り抜け、『ハニーディップ』ブランドの入っている、通称インスタットビルに着いた。

 桜の花はすでに散ったものの、まだ少し肌寒い風が吹く中、高山は建物の正面玄関前で待っていた。

 ほどなくしてタクシーが来て止まり、中から夏希常務が降りてきた。

「高山くん、ご苦労様。じゃ、行きましょう」

 夏希常務に連れられて、高山はブランドの本部のあるオフィスに入った。

 そこではグローバルモードの社員たちが、デニムやカットソーなど、それぞれが自分の好きな恰好で仕事をしていた。地味な紺色のビジネススーツにネクタイ姿の高山は、完全に浮いていた。

「高山くん、このブランドのキーマンの一人、『ハニーディップ』ブランドのMD、鬼頭亘さんを紹介しておきますね」

 現れたのは、30代前半に見える強面の筋骨隆々の男性だった。茶色がかった髪の毛は逆立ち、カットソーに、高山が見たこともないデザインのデニムを合わせていた。

「鬼頭くん。今度、私と一緒に『ハニーディップ』の改革に取り組んでくれる高山昇くん。よろしくお願いね」

 鬼頭は顔をうつむけて、高山を下から見上げ、三白眼で睨み付けるように、うっす、と言った。

「あの、MDって、こちらの会社ではどういう役目のことを言うんですか?」

 MDという役職は、会社ごとにその仕事内容が違うことが多いと聞いていたので、高山は念のため夏希常務に尋ねた。

 あら…、と言い、夏希常務は笑顔のまま眉間にしわを寄せた。

「マーチャンダイザーのことよ。商品の数字責任を持って全体の収益を上げていく統括的な役割ね。高山さん、そのくらいは知っておかないとダメなのじゃないかしら」

 いつもの笑顔で高山の目を覗き込んだ。 鬼頭はそのやりとりを黙って見ていた。

「で、何を話せばいいんすか?」 鬼頭は、ぶっきらぼうに言った。

「このブランドのことを高山くんに説明してほしいの。まず今の推移だと今年の売上はどのくらいになりそう?」

「そうですねぇ、今のままだと170億円を少し切るくらいになると思いますが」

 鬼頭は口元を歪ませ、あごを掻きながら答えた。

「店数は前年よりも増えているのに、ブランド全体では前年を割る推移なわけね…。このブランドは、最初の2年はすごい勢いで伸びて、店舗数も増えたのだけれども、その後、勢いが続かなくなってきたの」

 夏希常務が話をしている間、鬼頭は無表情のまま軽く腕を組んで聞いていた。