この作品の舞台となっているのは、東京の西部に位置する日野市。新宿から電車で30分のところにあるベッドタウンです。
この日野市に、南北を貫く「多摩モノレール」が走っています。『もしイノ』では、このモノレールが重要な役割を果たします。夢たちが通う浅川学園から野球部のグラウンドまで、これに乗って移動するからです。
この日、夢はそのモノレールに乗って初めて訪れたグラウンドで、ある意外な提案を友人の真実から持ちかけられます。

「文乃先生の二番煎じになっちゃって、
面白くないと思うんです」

 驚いた夢は、思わず大きな声を上げた。今の今まで、自分が野球部のマネージャーをやるなどとは想像もしていなかったのだ。
 しかし、すぐに真顔に戻ると、束の間考えた。それから顔を上げて、真実を見るとこう言った。
「私、やりたい。野球部のマネージャーになります!」
 するとその瞬間、真実が夢に抱きついてきた。そして、その頬にキスをした。
 驚いた夢は、思わずキャッと声を上げた。しかし真実は、なおも夢をきつく抱きしめたまま、こう言った。
「さすが夢! 話が早い。夢のそういうところ、大好きよ」
 それで夢も、抱きしめられた格好のまま、こう尋ねた。
「でも、私なんかでいいの?」
 すると、真実はこう言った。
「夢『で』いいんじゃないのよ。夢『が』いいの!」
 それを聞いた夢は、真実の方を向くと、小鼻を膨らませてこう言った。
「私、がんばる!」
「うん!」
 そうして真実は、再び夢を強く抱きしめた。公平は、それを顔を赤らめながら横目で見ていた。
 やがて、ようやく夢から離れた真実が言った。
「じゃあ、早速グラウンドを案内するよ。公平さん、お願いします」
「オーケー」
 公平は、持っていた鍵で鉄製の扉を開いた。すると、錆びた蝶番(ちょうつがい)がギギギと鳴って、ドアが重々しく開いた。
 ドアが開くと、その向こうには一面の草っ原が広がっていた。
「わぁ! だいぶ荒れてるねえ」
 そう嘆息したのは真実だった。それに対して、公平が言った。
「仕方ないよ。もう二五年も放置されていたんだから」
 真実は、その草っ原を見渡しながら言った。
「まずは、ここの草むしりからスタートかな……」
 それから三人はグラウンドを一回りしてみた。入り口付近がホームベースで、両側にはコンクリート製の屋根付きベンチもあった。一塁側のベンチ裏にはブルペンがあり、外野にはフェンスが張り巡らされていた。その向こうは北西向きの下り斜面になっている。学校の看板は、その傾斜地に立てかけられていた。
 グラウンドは小高い丘の山頂付近にあって、とても見晴らしが良かった。そのため、グラウンドのどこにいても、先ほど乗ってきたモノレールの高架や、その向こうにある多摩動物公園、さらには多摩丘陵の山々を見通すことができた。
「きれいねぇ……。すごい、あっちは浅川まで見通せる!」と外野フェンスに手をかけ、北東の方を指さしながら夢が声を上げた。「まるで『天空の城ラピュタ』みたい」
 すると、真実が振り返って言った。
「それ、いい!」
「え?」
「このグラウンドの名前、『天空グラウンド』にしようよ。略して『天グラ』」
 それに対して、夢は「すてき!」と同調した。公平も「いいねぇ」と感心して頷いた。
 そうしてこの日以降、野球部のグラウンドは「天空グラウンド」と呼ばれるようになったのだ。