たとえデマでも、一度炎上すれば評判が損なわれてしまって、しかもそれを消すことすら不可能――世界初のレピュテーション・マネジメント会社創業者とオンラインプライバシーに精通した弁護士が語りつくした『勝手に選別される世界』。本書を翻訳した中里京子氏とともに、たとえウソの評判でも永遠にあなたのイメージを傷つけつづける「脱文脈化」というソーシャルメディアの恐るべき側面について考えた。(構成:編集部 廣畑達也)

エネルギー企業シェルを「永遠の炎上」に陥れた<br />ソーシャルメディアの暗黒面「脱文脈化」

 2012年6月7日。石油エネルギー企業、ロイヤル・ダッチ・シェルを襲った出来事は、あらゆる面から考えても「不幸」以外の何物でもなかった。

「当社は、より輝く明日に油をさすために、今日北極を征服しています」

 というメッセージが付された、北極圏の氷の下から原油を採掘する事業の進展を自慢する広告キャンペーンが公開され、ネット上で大炎上したのだ。

 もしこのキャンペーンが、シェルにより企画されたものだったら、この炎上は自業自得以外の何物でもなかっただろう。しかし……。

 このシェルに関するシナリオには、たった1つだけ問題があった――すべてが作り話で、シェルはまったく関わっていなかったのである。偽の「アークティックレディ・ドットコム」ドメインを立ち上げて真っ赤な偽の広告キャンペーンをでっち上げ、ソーシャルメディアに偽の広告の種をばらまいたのは、環境保護の活動団体「グリーンピース」だった。6月7日の朝に、破滅に向かうとしか思えない広告戦略に関する内部情報をスクープしようとしてコメントを求めるレポーターの要求が怒涛のようにシェル社の広報部に押しよせるまで、同社の誰も、こんな事態を予想だにしていなかったのである。(『勝手に選別される世界』259ページ)

 典型的な「ブランド・アサシネーション(ブランドの暗殺)」の例となった事案の被害者であるシェルには、気の毒としか言いようがない。だが、実はこのデマによる大炎上の悲劇は2段階の構造になっていて、それは今もシェルを苦しめているという。

デジタル・フットプリントが消せないおかげで、シェルをグーグルで検索すると、いまだにその結果が偽のキャンペーンに汚染されている。本書の原稿を執筆している時点でも、グーグルの画像検索で「Shell Arctic(シェル、北極圏)」、「Shell drilling(シェル、採掘)」、「Shell safety(シェル、安全性)」、「Shell advertising(シェル、広告)」などといったキーワードを入力すると、よく目立つ偽の広告が結果として表示される。その多くのものには、それらがグリーンピースによって仕掛けられたものであることは、示されていない。「SUVは、可愛らしさじゃ走れない」という広告は、いまだにグーグルによって、少なくとも他の50サイトにインデックスされている。(同261-262ページ)

 この「自分に落ち度がなくても、データがあやまって収集され、判断されるという状況」には、翻訳した中里京子氏も「ゾッとした」という。なぜなら、シェルのように「脱文脈化」されて噂が広まりつづけるという厄介な特徴は、企業の評判だけにとどまらず、個人の評判にも当てはまるからだ。

 意図的であろうがなかろうが、そうやって作られた記録は間違ったまま永遠に残るという事実には、背筋が凍る思いです。こうした世の中に住んでいる私たちは、もはや自衛しながら生きていかなければならないのですよね。
 私自身は、IT技術黎明期の、博愛精神に満ちた楽観的な展望の中で、技術の恩恵を享受しながら生きてきましたが、これからは、そうした技術の大きな負の部分も意識して暮らしていかなければならないと思うと……。(中里京子氏)

 たしかに、テクノロジーを警戒しながらテクノロジーを使う、というのは非常に神経を使うことになりそうだ。それでも、そうする以外に道はない。ファーティックとトンプソンからのアドバイスをもって、この記事を締めくくろう。

(私たちからの)アドバイスは、警戒を怠らないことだ。オンラインの噂がどれほど急速に広がるか、そしてインターネットがいかに物事を文脈から切りはなすかについては、もう説明は無用だろう――あなたには、すでにわかっているはずだ。自分に必要なのは、気づくことだと。
 グーグルアラートは、自分に関する検索結果の変化を常時把握することができる簡単かつ無料の手段だ。自分の名前、自分の名前と職業、自分の名前と勤務先または部門など、妥当だと思える組み合わせすべてについてアラートを設定しよう。慎重に監視を続け、対応策をとれば(それが適切な場合)、不正確な情報の拡散防止に役立つ。知識は力だ――ウェブ上でも、ほかのどこでも(同284ページ)