日独仏の三つどもえの戦いとなっているオーストラリア向け潜水艦の受注競争。日本が受注に成功すれば、本格的な武器輸出の第1弾となる。だが、日本陣営では官民の“温度差”が鮮明になっており、獲得に向けたハードルは高い。(「週刊ダイヤモンド」編集部 千本木啓文)

豪潜水艦受注レースの障壁となる官民の“温度差”オーストラリアのターンブル首相は安倍晋三首相との会談で、安全保障・防衛協力の強化を確認した Photo:AP/AFLO

 昨年12月に開かれた日豪首脳会談。オーストラリアのターンブル首相のある発言が、日本陣営に新たな課題を突き付けることになった。

 オーストラリアの次期潜水艦について、安倍晋三首相が日本案の採用を働き掛けたところ、ターンブル首相が、「2016年前半に発注先を決める」と応じたのだ。

 この潜水艦プロジェクトは、老朽化した潜水艦を最大12隻の新型に切り替えるというもの。事業規模は500億豪ドル(約4兆2000億円)に上るとされる。日本、ドイツ、フランスが三つどもえの戦いを繰り広げているところだ。

 日本陣営が受注できれば、14年に安倍政権が定めた「防衛装備移転三原則」に基づく本格的な武器輸出の第1弾となる。日本政府が受注獲得に躍起になっているのは、そのためだ。

 ターンブル首相の発言のポイントは、「16年前半」という発注先決定のタイミングにある。オーストラリアでは今年、連邦議会の下院の任期満了後、総選挙が8~12月に行われる見込み。つまり、選挙前に潜水艦の発注先を決めることになりそうなのだ。日本政府関係者らには、「(選挙でターンブル政権の信任が得られるよう)潜水艦の現地生産による雇用創出をウリにできるパートナーを選ぶ」というメッセージにも受け取れた。

 当初、オーストラリア政府は、“軍事機密の塊”である潜水艦の特性上、あくまでも、「外交的な国同士の結び付き」と「技術的性能」を優先して発注先を選ぶとみられていた。潜水艦がどこで建造されるかは、受注合戦にとって重要ではないとみられていたのだ。

 だが、事態は一変した。潜水艦ビジネスでいかにオーストラリア国内に雇用を生むか──。潜水艦の現地生産を求める声が急速に高まった。

 昨年9月、安倍首相とも蜜月だったアボット前首相が与党自由党の党首選で敗れて退陣。新たに誕生したターンブル政権は、支持率回復の手だてとして、真っ先に雇用政策を掲げている。

 15年11月の失業率が5.8%と持ち直してはいるものの、雇用情勢は安泰とはいえない。資源バブルが崩壊した上、トヨタ自動車や米ゼネラル・モーターズなどが相次いでオーストラリアからの生産撤退を決めた。長期的な雇用を生む基幹産業の育成が、喫緊の課題となっているのだ。

 そこで持ち上がっているのが、潜水艦の現地生産である。受注競争の勝敗を決める要素に、雇用創出という政治的側面が加わったことで、日本陣営は大きな戦略転換を迫られることになった。