『もしドラ』第2弾となる、『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『イノベーションと企業家精神』を読んだら』(通称『もしイノ』)の刊行を記念した特別対談。今回はプロ・アマチュアを問わず幅広いスポーツチームのチームビルディング、選手育成にメンタルパフォーマンス・コーディネーターとして関わるスポーツ心理学博士、布施努氏と、著者の岩崎夏海氏が、スポーツの世界における『もしイノ』的マネジメント、イノベーションについて、じっくり語り合いました。前編は組織づくりについて。
(構成:山田マユミ、写真:京嶋良太)

変化は徐々に起きるものだから
選手を二分法で判断しない

マネージャーの最も大切な仕事とは?<br />『もしイノ』を使って、強いチームをつくる<br />

布施 岩崎さんの『もしドラ』『もしイノ』、両方とも拝読させていただきました。私は早稲田実業高校、慶応義塾大学で野球部に所属していたのですが、早実は学生たちがつくっていく、まさに『もしドラ』のようなチームでした。慶応は『もしイノ』のように監督を補佐するマネジメントのスタッフがいました。ですので、2冊とも非常に親近感がわく物語でした。

岩崎 読んでいただき、ありがとうございます。布施先生は、早実で荒木大輔さんとともに野球部で活躍されていたんですよね。

マネージャーの最も大切な仕事とは?<br />『もしイノ』を使って、強いチームをつくる<br />布施 努(ふせ・つとむ)
スポーツ心理学博士。慶應義塾大学スポーツ医学センター研究員。NPO法人ライフスキル育成協会代表。住友商事を経てノースカロライナ大学グリーンズボロ校大学院で応用スポーツ心理学専攻、博士号取得。現在はプロ・アマを問わず幅広いスポーツチームや大手企業のチームビルディング、組織パフォーマンス向上に関わる。著書に『勝ち続ける組織の法則』『ホイッスル!勝利学』など。

布施 はい。高校、大学は選手として、そして社会にでてからは、ビジネスリーダーとしてずっと私は「組織づくり」を体験してきました。そしてスポーツの現場で得た体験を、もっと社会やビジネスの場で生かすためにはどうすればいいのか。それを理論づけしようと思い、14年勤めた会社を辞めて渡米し、大学院で博士号を取ったんです。

岩崎 先生はスポーツ心理学博士として活躍しつつ、チームビルディング、組織パフォーマンスの向上、ライフスキルのスペシャリスト(専門家)として、スポーツに留まらずビジネスなどの幅広い分野で指導されていますが、実際に指導するうえで問題にぶつかることはありませんか?

 というのも、世の中には4タイプの人間がいると思うんです。「(1)練習もするし実力もある人」「(2)練習はするけど実力がない人」「(3)練習はしないけど実力はある人」「(4)練習もしないし実力もない人」という感じで。この中では「(1)練習もするし実力がある人」が理想的ですが、実際には「(2)練習はするけど実力がない人」と「(3)練習はしないけど実力がある人」の二者択一になりがちですよね。

布施 あるいは「スポーツをやると勉強ができません」と「勉強をやるとスポーツができません」という二者択一もあり得ますよね。ただ、どちらの場合も、私自身は白か黒かでは判断しません。両方やっていくんだという意識を持っていれば、グレーゾーンの時期はあります。心理学のうえでも、いきなり反対側にいくことはなくても、行動にしても考え方にしても、徐々に変化していくことはあるものです。ですので、どのような選手も、二分法で見ないようにしています。

野球経験者しか野球がわからない、
という価値観を変える

岩崎 変化していく上で、年齢は関係あると感じますか? 年齢を重ねると変化しにくいとか。

布施 年齢そのものより、経験値の高さが関係してくることはありますね。長くやってきたことをリプレイスしづらくなりがちです。特に成功体験があると、変化が起こったときに一時的にチームのパフォーマンスが低下したり、戸惑いに対する抵抗感が強くなる。でも、組織は変化なくして右肩上がりではいられません。

マネージャーの最も大切な仕事とは?<br />『もしイノ』を使って、強いチームをつくる<br />岩崎夏海(いわさき・なつみ)
1968年生まれ。東京都日野市出身。東京藝術大学建築科卒。大学卒業後、作詞家の秋元康氏に師事。放送作家として多くのテレビ番組の制作に参加。その後、アイドルグループAKB48のプロデュースなどにも携わる。著書に『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら』など多数。

岩崎 日本には「経験者でなければわからない」という文化があるので、経験値が高い人が集まりがちで、それが変化しづらい組織をつくってしまっているということはありませんか? 野球でもラグビーでも、やったことがある人しかわからない、技術者のことは技術者しかわからないという……その壁が組織を弱体化していると僕は思うんです。しかも、その価値観をプレーヤーではなく、マネージャーまで共有してしまう。先生は、指導の中でこの壁を壊していくんですよね?

布施 そうですね。スポーツでは「試合に出る選手に価値がある」と感じる人がいまだに多くいます。でも、チームを強くするという意味では、マネージャーの仕事も選手の仕事も同価値なんです。それが理解できないチームのレギュラー選手たちの中には、周りの人たちの価値が感じられないケースもあります。半面、“サポート役”だと感じているマネージャー側も、心に壁をつくってしまうことがある。それが両者の間に対立、葛藤を生むんです。

 ですので、スポーツ心理学者としてチームに関わるときには、まずどういう姿勢で、どういう価値観を持てば、「Ssuccessful Result」につながるのかということを、チーム全員で共有するようにしていきます。試合に出る選手のほうに価値があるという考えでは、いずれ勝てなくなる。そのときこそ、見直すチャンスであり、マクロの視点で何が悪かったのかを選手たちに問います。

 試合に負けたとき、多くの選手はバントに失敗したからだとか、ピッチャーの体力だなどと個別の問題に目がいきがちなので、「本当にバント1本うまくできれば、夏の大会に勝つイメージを持てるのか」を問うんです。さらに「新しい価値観を持ち込むのもいいのではないか」とサジェスションする。すると選手たちは、自分たちでどんどん考えるようになります。