最近の労働環境は「ハラスメントブーム」状態。課長にとって、おそらく過去最大レベルに労働法の知識が求められる時代が訪れています。新刊『課長は労働法をこう使え!』の中から、事例とともに実践的な「法律の使い方」をお伝えする連載第3弾は、課長として最低限知っておくべき法律知識をお伝えします。

第1回:「ハラスメントブーム」の時代に労働法を知らない課長がヤバすぎる理由

第2回:「私、うつ病なんです」とは言わないけど病んでいそうな部下に、課長はどう対応するか?

事実、ほとんどの課長は残業代を請求できる。<br />あなたは、どうする?

法律上は労働者
でも事実上は経営側

 そもそも、課長というポジションは労働者側なのか、それとも経営者側なのか知っていますか。仮に会社と社員がもめたとしたら、あなたはどちらの陣営に加わることになるのでしょうか。あなたの部下が会社を訴えたら、どんな立場から、どのような態度をとるべきなのでしょうか。

 法律的な視点と経営的な視点、2つの角度から見ていくと、その曖昧さがよくわかると思います。

 まず会社法上の「役員」とは、取締役、会計参与、監査役などを指します。役員は経営者であり、それ以外は労働者です。つまり、副社長、専務、常務などの役職にあっても、取締役、会計参与、監査役などでなければ労働者です。ですから、法律上、課長は当然労働者になります。

 一方、経営的な視点からすると、課長とは経営者への階段を上がり始めたポジションだと言えます。残業代が支給されず、組合活動にも参加しなくなるケースが多いでしょう。部長になると事実上ほぼ完全に経営者側となり、出張手当が増額されたり、新幹線のグリーン車利用が可能になったり、取締役に準ずる待遇を受けるケースも多くなります。また、法律的には課長イコール労働者なのですから、原則的には組合活動を行うことができます。しかし実際には、会社側に立つことのほうが多いでしょう。

つまり、ほとんどの課長は、法律上は労働者だが、会社経営上は労働者側ではないという存在です。ちょうど下図の重なったところにいるのが課長です。それゆえに課長の仕事は難しいのです。

事実、ほとんどの課長は残業代を請求できる。<br />あなたは、どうする?      だから、「会社の論理」に振り回されてしまう

ほぼすべての課長は
残業代をもらえます

 「管理監督者」という法律用語を聞いたことがある人は多いでしょう。以前、いわゆる「名ばかり管理職問題」で、課長とセットになって何度もメディアに登場した言葉です。しかし、そもそも一般的に使われる「管理職」と法律上の「管理監督者」は異なります。この点について多くの人が誤解していて、課長が正しい労働法の知識を身につけられない大きな原因の1つになっています。

 「管理職」とは、民間企業における役職者の総称で、一般的に課長以上の役職者を指します。これは、法律用語ではありません。

 一方、「管理監督者」とは、「監督若しくは管理の地位にある者」の通称で、法律用語です(労働基準法41条2号)。管理監督者は、労基法の労働時間、休憩、休日の規定の適用を受けず、残業代が支払われないなど、労働条件の最低基準の適用が除外されます。

この管理監督者に該当するかどうかは、「課長」「工場長」「店長」「支店長」「プロジェクトリーダー」「チームリーダー」などの会社が決めた役職名ではなく、実態に基づいて判断されます。管理監督者は「労務管理について経営者と一体的な立場にある者」とされており、その具体的な要件は、次の3つです。

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(1)会社の経営方針や重要事項の決定に参画し、労務管理上の指揮監督権限を有している
(2)勤務時間について裁量を有しており、出退勤時刻等の制約を受けない
(3)賃金等について一般の従業員よりも高水準の待遇がなされている

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 もちろん実態は企業ごとに異なるため、この3要件が絶対的な基準になるわけではありませんが、企業が管理監督者の対象範囲を決めるときには、厳密に考えれば、これらの要件に基づいて検討する必要があります。

 この3要件に当てはまらないのに管理監督者として扱われている管理職が、「名ばかり管理職」と呼ばれ、問題とされています。つまり、上記3つの逆、下記の3つのどれかに当てはまる管理職です。

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・重要事項を決定する権限を与えられていない
・勤務時間の裁量を与えられていない
・昇進したら残業代がなくなり、その結果年収が下がった

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 あなたの会社はどうでしょうか。あなた自身が、この3つのどれかに当てはまってはいませんか。「課長になると管理監督者になるので残業代は支払われない」というのは、法的には間違いです。極論を言えば、一般社員に役職名を与えて社内で管理職と呼ぶこと自体は違法ではありません。しかし、一般社員は明らかに管理監督者ではないので、「管理職」の名のもとに残業代を支払わないことは違法となるのです。

事実、ほとんどの課長は残業代を請求できる。<br />あなたは、どうする?

有名な「日本マクドナルド事件」
から学べること

 残業代が支払われなかった店長が「自分は管理監督者ではない」と主張し、未払い残業代請求の訴訟を起こした有名なケースが、「日本マクドナルド事件」(東京地裁 平成20年1月28日判決)です。

 これは、日本マクドナルドの店長が、「店長を管理監督者として扱い、残業代を支払わないのは違法」として、未払い残業代など計約1350万円の支払いを求めた事案です。東京地裁は「店長の職務内容から管理監督者とはいえない」と判断し、日本マクドナルドに約503万円の割増賃金と251万円の付加金の支払いを命じました。

 この際、先ほど紹介した(1)~(3)の3つのポイントについて検証され、次のように判断されました。

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(1)については、店長はアルバイトの採用、昇格、昇給権限など労務管理の一端を担っているとはいえ、経営者と一体的な立場にあったとは言えない。また、決裁権限についても店舗内に限られていた。

(2)については、シフトを決める権限があったとはいえ、アルバイトの穴を店長自ら埋めなければならず、労働時間に関する自由裁量があったとは認められなかった。

(3)については、管理監督者に対する待遇としては十分ではなかった。

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 役職名は、会社が独自につけるものです。課長という肩書きであっても、直ちに管理監督者というわけではありません。「プロジェクトリーダー」「チームリーダー」などの肩書きで、課長の仕事を任されているケースもありますが、事情は課長と同様です。実際、世の中の課長は「名ばかり管理職」であるケースがほとんどだと言えるでしょう。

 私は、「だから、すべての課長は会社に残業代を請求しましょう」ということが言いたいのではありません。課長とは微妙な立場にあるからこそ、自分自身が「何をすべきなのか」を明確にしていないと、会社の論理や労働問題に巻き込まれてしまうということを、ぜひ知っていただきたいのです。

神内伸浩(かみうち・のぶひろ)
労働問題専門の弁護士(使用者側)。1994年慶応大学文学部史学科卒。コナミ株式会社およびサン・マイクロシステムズ株式会社において、いずれも人事部に在籍社会保険労務士試験、衛生管理者試験、ビジネスキャリア制度(人事・労務)試験に相次いで一発合格。2004年司法試験合格。労働問題を得意とする高井・岡芹法律事務所で経験を積んだ後、11年に独立、14年に神内法律事務所開設。民間企業人事部で約8年間勤務という希有な経歴を活かし、法律と現場経験を熟知したアドバイスに定評がある。従業員300人超の民間企業の社内弁護士(非常勤)としての顔も持っており、現場の「課長」の実態、最新の労働問題にも詳しい。
『労政時報』や『労務事情』など人事労務の専門誌に数多くの寄稿があり、労働関係セミナーも多数手掛ける。共著に『管理職トラブル対策の実務と法 労働専門弁護士が教示する実践ノウハウ』(民事法研究会)、『65歳雇用時代の中・高年齢層処遇の実務』『新版 新・労働法実務相談(第2版)』(ともに労務行政研究所)がある。
神内法律事務所ホームページ http://kamiuchi-law.com/