2010年春、宮崎県で広がった口蹄疫は人には感染しないというものの、日本の畜産業界に大打撃をもたらし、その経済的損失は計りしれない。特に口蹄疫ウイルスは接触、飛まつ感染以外に空気を介して広がり、風に乗って陸地では60㎞、海を隔てた場合には250㎞まで感染が拡がったという報告がある。昨年、大変な騒ぎになった新型インフルエンザや鳥インフルエンザなど、さまざまな感染性微生物がわれわれのすぐそばまでやってきて、われわれ人間を脅かしながら共存していることに気づかされる。

 医者の不養生という言葉をよく聞くが、外科医の寿命は意外と短いと聞いたときには他人事ではないと思った。私も原因不明の病気で体調を崩し、大学病院へ入院したことがある。また、動物実験室で小動物にかまれて韓国型出血熱を発症した先輩や、実験中、肺炎を発症した後輩、一般人の仕事には縁のない病気で倒れる人が何人もいたのは事実である。

 今さらながら、同級生として外科医局に入局したH先生のことを思い出す。当時のO大学第二外科医局は花形の教室でとても活気があり、免疫学や腫瘍学そして分子生物学や生化学の基礎研究から外科治療、移植医療に結びつけるという壮大な研究テーマで日本の外科学の基礎と臨床の最先端を走っていた。

 入局3年目といえば、研修病院でも後輩の面倒を見ながら、多くの同僚は外科医らしく光り始めていた。H先生が、出向先の研修病院で血を吐いて倒れたという話が耳にはいってきたのはそんな頃であった。同じ病院で研修していたI先生からの電話に、

「ストレス性の胃潰瘍かな」と。それに対して、I先生は、

「そんなものじゃない。食道静脈瘤だよ」と返してきた。

「それって、肝硬変がないと食道静脈瘤にはならないよ」と聞く私にI先生は、「お父さんがお医者さんで、患者さんのウイルスが家庭に入りこみ、母さんに感染し、H先生は生まれながらにB型肝炎ウイルスに感染したのだろう」

「それって出産時にうつる垂直感染?」と私は聞き返す。

「B型ウイルスが医師になるまでの長い間、彼の肝臓を侵し、若くして肝硬変になってしまい、肝硬変の末期症状の食道静脈瘤破裂。これからだというのに」と悲痛な思いがI先生の声となって出てきた。

 当時B型肝炎のキャリアーと呼ばれる人の感染はお産のとき、母親の産道で子供が感染する場合と、幼児期までに濃厚接触で感染する場合があり、いずれも身体に侵入したウイルスが、肝臓や血液中で共生状態になってしまう。最近、問題となっているワクチン接種時の注射針のB型肝炎も同様のことが起こる。