-その後、爆笑問題が成功していく過程というのは、経営者として非常な醍醐味があったのではないでしょうか?
いや、不安でした。いつも不安なんです、私。
彼らにはとにかく今出来ることを全力でやってくれと言っていました。やるだけやってだめだったら、先のことはそのとき考えようと思っていました。太田に関しては夫ですし、一人くらい養っていけるかなと思っていたし、田中もいずれはうちにくるのかなと(笑)。バイトをして3人で何とか生活していけるかなと思ってはいましたが、「今しかできないことはとりあえずやっておこう」という気持ちでやっていましたね。だけど、常に不安は抱えていました。
-その不安は爆笑問題のお二人には見せないのですか?
あんまり人には見えないみたいなんですよね。タレントだったときも、とっても緊張しているのに、全然見えないみたいで、よく「あなた全く緊張しないの?」と言われていました。「すごい緊張しています」と言っているんですが、思っていることが逆に伝わってしまうみたい。
-今しかできないことは何かを見極めるのは難しいと思うのですが、最初の単独ライブのように、長いスパンで先を見てそこから逆算して、今やるべきことは何かをシミュレーションしているのですか?

そうですね。常にシミュレーションするのは不安だからですよね。先に準備しておかないでいきなり本番はありえないだろうと。
夢のある人の多くはすごく高いところに一つ、ポイントを置いてそこしか狙っていないわけですね。でも人間は飛べませんから、階段を作っていかなければ上ってはいけないわけですよね。
足場ができていないと不安で不安で仕方がないんです。足場ができていれば、そこでやっていることはおそらく大丈夫だろうと思えるんですが、それでもいつ何が起きるか分からないから、常にいくつかの対応策を用意しているんです。
-「爆笑問題を育てた」と言われることには違和感があるとおっしゃられていましたが、「人を育てる」ということに対し、どのようなお考えをお持ちですか?
同業者(社員)は育てていかなければいけないし、私が経験してきたことを伝えることは大切です。でもタレントは進む道が違うので、誰が育てたということではないと思うんです。
「あのタレントは俺が育てた」という人がいますが、そういうのはあんまり好きじゃないなと思って。タレントが「あの人に育てられました」というなら別ですけど。
しかも私、妻ですしね!なんで夫を育てなきゃいけないんだっていう(笑)。
あと、偏屈なところもあって「育てたのは親だろ」とか思っちゃって(笑)。
だから、すべてに関して「育てる」という言葉が嫌いなのではなくて、「爆笑問題を育てた」と言われることには抵抗がある。一緒に成長してきましたという感じです。
-光代さんからは限りない母性を感じるのですが、爆笑問題のお二人を見守ってきたという実感はおありですか?
仕事をする上でそれぞれにあったポジションがあるんだと思うんです。私は自分が中心じゃないほうが自分が活きる。対象のことを考えて、何かをしているほうが向いているんです。役割分担が自分のなかでできると、何がしたいのか早めに分かるのかなと思います。
-自分の立ち位置を見つけることは難しいことだと思うのですが。
誰でも好きなものってあるじゃないですか。私もそこからは外れていないんですね。好きなものを出していくと、幅が広がってそれがやりたいことに繋がってくる。自分のポジションがどこにあるのか分かってくるのではないでしょか。
-爆笑問題の活動の幅は今後もどんどん広げていく予定ですか?
彼らは、最初の、「分かる人にだけわかればいい」というお笑いから180度逆になりました。やっていくうちに探究心が芽生えて、色々なものをやりたいと思うようになって、それならマニアックではいけないと気が付いたんです。せっかくやるなら、王道を行こうと。爆笑問題は今年、結成20周年で、放出期と思われるかしれませんが、今はまた吸収期だと思っています。番組の性質も含めて。「太田総理」では悩んでいる太田がいて、「ニッポンの教養」では「なんで今頃勉強しなければならないんだ」といいながら一生懸命教授に質問をぶつけて、「検索ちゃん」や「クイズ雑学王」ではクイズ番組の司会というベースはあるにせよ、自分たちの笑いを発表できるトークの場があって。今は吸収しながら発表している感じですね。
-会社として、タイタンは今後こうなりたいというのはありますか?
社員がいるので結果的に大きくなればいいなとは思いますけどね。ある程度発展しないと社員に対して失礼かなとは思っています。
