《ビジネスアングル》和歌山県/Japanese Origin 和歌山/ビジネスパーソンのパワースポット 豊穣とカオスと再生の聖地、熊野古道を歩く

熊野古道は、古くは平安貴族たちの“熊野詣”で栄え、現代では都会人の心を癒し再生するパワースポットとして注目されている。熊野は、知の巨人・南方熊楠(みなかたくまぐす)が愛したフィールドでもあり、ひとたび訪れれば、豊穣とカオスの力が、日々仕事に追われるビジネスパーソンの魂のよみがえりを促してくれる。

 「熊野の神秘は森です。山と森とは違う。熊野の深い森の中を歩くと、展望が利かない。一種のラビリンス(迷宮)であり、熊野古道を歩くとは迷路を歩くことに等しいのです」
 そう語るのは、熊野への造詣が深い宗教学者の山折哲雄氏である。

 「人は迷路を歩くと自分を見失う。つまり熊野を歩けば人は、日常的な自分を捨て、自らの内面と真っすぐに向き合うことになる。そして、「森を抜けると展望が開けるように、新たな自分を見つけることができる。それは、現代を生き、迷えるビジネスパーソンにとっては、重要なこと。熊野とは結局、自己とは何かを考える場所なのです」(山折氏)。

古くから“よみがえり”の地として信仰を集める

 熊野を擁する紀伊山地は、もともと、神話の時代から神々が鎮まる地と考えられ、神道や仏教、その両者が結び付いた修験道など、多様な信仰が形成された。仏教では“浄土”と見立てられ、古くから“よみがえり”の地として信仰を集めた。人は、熊野の地に足を踏み入れることで一度死んで魂を浄(きよ)め、熊野から出ることで再生を果たすというのである。

 「今、日本全体が“よみがえり”を求めているような気がします。かつての日本は、古きものと新しきもの、異なる価値観に折り合いをつけていく“二重構造化”の能力が非常に高く、それが強い文化を生み出してきました。現代の都市生活は、利便性が高くなった半面、秩序にとらわれ過ぎて、政治や経済を見ても“二重構造化”、つまり調整能力が失われ、世界を席巻するグローバリゼーションの前で、非常に脆弱になっていると感じます。このあたりで、小手先の微調整とかリセットではない、根本的な転換が必要なのではないか。ビジネスパーソンはもとより日本全体に、そういう本能的な願望が高まっているような気がします。熊野という土地は、その転換の起点となれる場所なのです」(山折氏)

熊野古道で“感ずる”ことで日本人の本質を知る

 昨年、世界遺産登録10周年を迎えた熊野古道は、熊野三山(熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社) へと通じる参詣道の総称だ。参詣道はいくつかのルートがあるが、和歌山県・田辺から山中に分け入り熊野本宮大社に向かう「中辺路」(なかへち)は後鳥羽院・藤原定家・和泉式部も歩いたといわれ、信仰の道の姿を色濃く残している。また、「熊野三千六百峰」の絶景が見渡せる峠道や、樹齢数百年という杉木立の中の石畳、熊野本宮大社から熊野速玉大社へ向かう「川の熊野古道」など、道にも多彩な表情がある。

 熊野古道では、何かを「感ずる」ことが大事だという。与えられるものを期待せず、自ら「感ずる」こと。山折氏は、日本人の宗教はそもそも「感ずる宗教」であるという。巡礼の地である熊野は、古来より豊穣な自然の中に「カミ」を感じてきた場所でもあるのだ。

「いうなれば、熊野は日本の精神文化が息づく場所です。自己とは何か、日本人とは何か、人間とは何か。熊野は自らの内面と向き合うと同時に、日本人のカミを“感ずる”ことで、日本人とは何かという本質を、知る場所であるともいえるのです」と語る山折氏。

 グローバリゼーションが進み世界に出れば、逆に日本人であることをいや応なく意識させられる。日本の自然と古(いにしえ)の空気感が一体となって、独特の世界観を醸し出す熊野は、ビジネスパーソンが自らのルーツを確認するための、有効な聖地ともなり得るのだ。

祈りの道「熊野古道」

 熊野三山への参詣道である熊野古道。平安時代の上皇たちの熊野御幸によって始まった熊野信仰だが、やがて武士や庶民の間に広がり、参詣者の道に連なり歩く様子は、「蟻(あり)の熊野詣」と言われた。その道は厳しく険しいものではあるが、身分の上下、貧富の差、男女の区別、病のある無しにかかわらず祈念の機会が与えられた「寛容の道」であり、さまざまな人々が願いを込めて歩いた「祈りの道」である。

熊野古道の主なルートと名称
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