【第24回】 2009年10月21日
「牛の鼻ぐり」
九州地方に伝わる昔話に、「吉五」あるいは「吉よむ」という名前の知恵者が登場するものがいくつもある。「牛の鼻ぐり」は、そのような話の一つだ。牛の鼻ぐりとは、牛の鼻につける輪のことである。
吉五は、毎日畑の草を刈りながら、山向こうの城下町に行く村人を見かけると、町に行くなら牛の鼻ぐりを買って来てほしいと頼んだ。頼まれた人は町中の荒物屋を探すのだが、牛の鼻ぐりはまったく見つからない。それで町に行った人たちは、一軒一軒尋ねて回ったが、牛の鼻ぐりは一つもなかったと、申し訳なさそうに吉五に告げるのであった。
城下町の荒物屋たちは、毎日のように鼻ぐりを求めてやってくる人がいるのに、品物がないばかりに儲け損ね、歯がゆい思いをしていた。どうにかして鼻ぐりを仕入れねばと思案していたころ、鼻ぐりをいっぱいに入れた車を牛に引かせた商人がひょっこりとやってきたものだから、荒物屋たちは商人を呼びとめて、争うように鼻ぐりを買った。
ところが、商人が行ってしまった後には、誰も鼻ぐりを買いに来なくなってしまった。町の荒物屋たちは、大量に仕入れた鼻ぐりを、その後も長らくもてあますことになった。鼻ぐり売りの商人とは、吉五だったそうな(*1)。
*1:『一寸法師・さるかに合戦・浦島太郎:日本の昔ばなし(Ⅲ)』(関敬吾編、岩波文庫、一九五七年)所収の「牛の鼻ぐり」に脚色した。
作戦のよりどころ
吉五の巧妙な作戦に、荒物屋たちが見事にだまされたという話だが、荒物屋たちはどこで誤りを犯したのだろうか。
吉五がとった作戦の要点は、あとで持っていく鼻ぐりを仕入れさせるために、鼻ぐりへの需要が非常に大きいと前もって荒物屋たちに錯覚させておくところにある。村人たちに、鼻ぐりを求めて町を歩かせたのは、もちろんそのためである。
だが単に歩かせるだけで、期待された効果があがるとは限らない。もしも、頼んだ村人がたやすく鼻ぐりを買って戻ってきたとしたら、吉五は必要もない鼻ぐりをいくつも買わされる羽目になり、鼻ぐりを売って儲けるどころか、自分で鼻ぐりを抱えて困ったはずだ。してみると、吉五は町の荒物屋には鼻ぐりの在庫がないことを、村人に頼む以前に自分で調査して知っていたはずである。おそらく吉五は、自分でたやすく作ることのできる牛の鼻ぐりの在庫が、町では枯渇していることを見出したがゆえに、この作戦を考え出したのであろう。
このように考えると、荒物屋たちの不幸は、需要を見誤ったということ以前に、鼻ぐりの在庫がなかったところから始まっていることがわかる。
荒物屋たちはどこで間違えたのか
しかるに、荒物屋たちが鼻ぐりの在庫を持っていなかったことで、彼らが経済学的に誤ったことをしていたとは言えない。在庫を抱えることは、それだけ費用がかかるからである。
Special Topics
バックナンバー
- 第29回
- 「長崎の魚石」 (2010年03月11日)
- 第28回
- 「井戸の茶碗」 (2010年02月09日)
- 第27回
- 「見とおし童児」 (2010年01月19日)
- 第26回
- 「三船の才」 (2009年12月08日)
- 第25回
- 「株を守る」 (2009年11月10日)
- 第24回
- 「牛の鼻ぐり」 (2009年10月21日)
Pick Up
新着トピックス
- 野口悠紀雄 未曾有の経済危機を読む
- 総需要の減少をもたらした2つの要因 ──今こそ必要なデフレの経済学(5)
- 週刊ダイヤモンドSCOOP
- セイコーHD株主代表訴訟へ 和光の不透明経営に批判
- 岸博幸のクリエイティブ国富論
- 米金融関係者が鳩山政権に抱く4つの懸念と違和感
- ツイッター+αのつぶやき企業戦略
- ツイッターで2500人の社員が顧客対応! 米ベストバイのカスタマーサービス革命
- 働き盛りのビジネスマンを襲う 本当に怖い病気
- 突然、妻を襲う原因不明の頭痛! 男性も他人事ではない更年期障害の実態
- 手打ち蕎麦屋のオーラを味わう
- 桜新町「しんとみ」――サザエさんの町でご近所さんに愛される絶品の蕎麦懐石
- 追跡!AtoZ ~いま一番知りたいテーマを追う!超リアルドキュメント
- 肥満=病気は、もう通用しない! 「皮下脂肪で病気を防ぐ」という、健康の新常識
- 原英次郎の「強い中堅企業はここが違う!」 トップに聞く逆境の経営道
- 段ボール業界随一の原価計算の鬼! アースダンボールに学ぶネット販売の真髄 ~奥田敏光社長に聞く(下)
- inside Enterprise
- 若者を狙うアサヒビールの新販売戦略は“氷点下ドライ”
ダイヤモンドオンラインplus 知っておきたい価値ある情報
最新の連載一覧
経済・時事
経営・戦略
スキル・キャリア
Diamond Premium 最新記事 無料会員登録すると全文が読めます
- 原英次郎の「強い中堅企業はここが違う!」 トップに聞く逆境の経営道
- 段ボール業界随一の原価計算の鬼! アースダンボールに学ぶネット販売の真髄 ~奥田敏光社長に聞く(下)
- 週刊ダイヤモンド 企業特集
- 【企業特集】ユニー 提携と差別化戦略で狙う “超”地方小売りチェーン
- 金融市場異論百出
- 「やり過ぎ」とブーイングを 浴びるFRB、正反対の日銀
- 週刊ダイヤモンド アーカイブズ
- クリス・アンダーソンとロングテール理論をおさらい!ネットが動かしたニッチ商品の驚くべき市場規模
- 『週刊ダイヤモンド』特別レポート
- 日本のテレビ業界が復活するには 「キー局の合従連衡」が待ったなし
- 山崎元のマネー経済の歩き方
- 成長のための資産運用の落とし穴

- 「測るための標準」を考える
- 紀元前2500年頃に造られたピラミッドの建築に当たっては、常に同じサイズの石を…

- DOL編集部のツイッターを開始
- 最新記事の話題から編集部の日常まで、24時間つぶやきます。フォローよろしくお願いします。
Business information
著者プロフィール
- 梶井厚志
(京都大学経済研究所教授)
1963年広島県生まれ。86年一橋大学経済学部卒業、91年ハーバード大学Ph.D.(経済学博士号)取得。専攻は経済理論、特に情報の経済学、一般均衡理論、ゲーム理論。ペンシルバニア大学経済学部助教授、筑波大学社会工学系助教授、大阪大学社会経済研究所教授を経て、2003年より現職。 著書に『ミクロ経済学:戦略的アプローチ』『戦略的思考の技術』『故事成語でわかる経済学のキーワード』などがある。梶井厚志のホームページ
この連載について
身近な言葉の中にも戦略的思考の可能性が潜んでいる。本連載では、身近な言葉や格言・昔話から、そこに潜む経済学的なアイディアや戦略的な含意を探る。
なぜ私たちは「どうも」「お疲れさま」「よろしくお願いします」を、これほど使ってしまうのか?身近にあふれる妙に気になる日本語たち。そこには、必ず何らかの戦略が込められている!気鋭の経済学者がゲーム理論を駆使して読み解く、目からウロコのエコノミック・エッセイ。
- DOLブックストアで購入
購入金額に関わらず送料無料! - Amazonで購入
アクセスランキング
- 1位
- エコカー大戦争!
- トヨタの電子制御問題に隠れた事実! アメリカ人特有のアクセルの踏み方
- 2位
- 「引きこもり」するオトナたち
- 成績優秀なのに仕事ができない “大人の発達障害”急増の真実
- 4位
- News&Analysis
- 日本を逆転しても意識は“子ども”のまま? 中国が世界にバラまく「強欲社会主義」
- 5位
- 田中秀征 政権ウォッチ
- 鳩山首相は度を越えた「偽善者」か? “上から目線”の政治が不信感を強める
Recommend 話題の記事
- News&Analysis
- 日本を逆転しても意識は“子ども”のまま? 中国が世界にバラまく「強欲社会主義」
- 田中秀征 政権ウォッチ
- 鳩山首相は度を越えた「偽善者」か? “上から目線”の政治が不信感を強める
- カツラーは今日も闘っているのだ!
- カメラは、カツラーの天敵である
- 「引きこもり」するオトナたち
- 成績優秀なのに仕事ができない “大人の発達障害”急増の真実
- 山崎元のマルチスコープ
- 上場企業は安定株主に甘えるな
- 辻広雅文 プリズム+one
- 富士通とトヨタに見る“日本的ガバナンス”の崩壊~なぜ取締役会は経営監督機能を果たせないのか
- エコカー大戦争!
- トヨタの電子制御問題に隠れた事実! アメリカ人特有のアクセルの踏み方
- 週刊ダイヤモンド『FREE』特集フリー素材集
- 週刊ダイヤモンド3月13日号 『FREE』特集のフリー素材集

- 【PrimeTime】トップインタビュー
- 「サービス力は人財力と組織力の掛け算」~百瀬次生・日立電子サービス社長

- 【THEProject】プロダクトとサービス最前線
- 現実味帯びる「IFRS」。最新会計基準対応処理システムを低コストで提供
雑誌定期購読のご案内
特大号・特別定価号を含め、1年間(50冊)市価概算34,500円が、定期購読サービスをご利用いただくと25,000円(送料込み)。9,500円、約13冊分お得です。さらに3年購読なら最大49%OFF。
1冊2,000円が、通常3年購読で1,333円(送料込み)。割引率約33%、およそ12冊分もお得です。
特集によっては、品切れも発生します。定期購読なら買い逃しがありません。
年間12冊を定期購読すると、市販価格8,400円が7,150円(税・送料込み)でお得です。お近くに書店がない場合、または売り切れ等による買い逃しがなく、発売日にお手元へ送料無料でお届けします。
※別冊・臨時増刊号は含みません。
偶数月の1日発売(隔月刊)。1年購読(6冊)すると、市販価格 5,880円→4,700円(税・送料込)で、20%の割引!
※別冊・臨時増刊号は含みません。
お知らせ・ご案内
- 会員専用ページ開始のお知らせ
- 7月より一部の記事で、無料会員登録した方だけが全文を読める形に変わりました。詳細はこちらをご覧ください。




