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梶井厚志 コトバの戦略的思考

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「三船の才」

  京都の嵐山あたりは、古くから風光明媚の地としてもてはやされてきた。この地で毎年5月に行われる三船祭の原点は、平安時代の舟遊びにある。当時の畏きあたりや実力者が嵐山に遊びに来ると、その余興として趣向を凝らした舟遊びをした。舟は漢詩・和歌・管弦に分類され、和歌の舟にのったものは和歌、漢詩の舟では漢詩、管弦の舟では管弦の腕前を競うというもので、その時々の名手がこの舟遊びに臨んだそうだ。

 このことから、詩・歌・管弦のいずれにも通じていることを、三船の才という。平安時代中期の人、歌人の藤原公任は、和歌以外にも諸芸に通じていると評判の人物であった。999年に藤原道長が催した舟遊びで、公任は和歌の舟にのり、名作をものにして絶賛された(*1)。

 人々に絶賛されるような歌を大舞台でものにした藤原公任であったが、本人は喜びもせずむしろ浮かぬ顔だった。自分は歌人だからと和歌の舟にのったが、考えてみれば和歌に秀でているのはすでに広く知られたこと。ここはむしろ漢詩あるいは管弦の舟にのって、多彩な実力を世間に知らしめるべきだったと悔しがった。

 時は流れて平安後期の人、源経信は、かつての藤原公任に比肩する博学多才の人として評判であった。1077年、白河天皇が主催した三船の遊びに経信が出るというから、いったいどれを選ぶのかと周囲の人はさまざまに噂をして当日を迎えた。ところが時刻になっても経信はやってこない。すべての舟が岸を離れ、嵐山に経信の才気がきらめくことを期待して待っていた人々が落胆したころである。悠然と経信が現れて川岸に立つと、どの舟でもよいから漕ぎ戻せと大きな声をかけた。見物人たちが、経信はわざと遅れてきたに違いないとどよめくなか、経信は声に応じて戻ってきた管弦の舟にのり込み、見事な腕前を披露した(*2)。

*1『広辞苑・第六版』による。

*2奈良本辰也『京都百話』(角川文庫、2004年)を参考にした。

情報伝達問題

 この逸話の面白さは、経信の巧妙な宣伝の方法にあるわけだが、その妙味の源泉を理論的に探ってみよう。

 まず議論の出発点として、もし舟遊びの間によい作品をものにすることが目的であれば、単純に自分の最も得意の舟に乗るべきであることを指摘しておこう。公任が悔しがったのも、そして私たちが経信の作戦を面白いと感じるのも、舟遊びに参加する真の目的が、3芸すべてに優れた能力を一度の機会にできるだけ効果的に示すことにあるからである。いうなれば、3つの商品のうち1つだけその品質を示すことができるときに、それらの真の品質を知っている人が、3商品全体の品質を効果的に伝えるにはどれを選べばよいのかということになる。

 この問題への回答は、3商品の品質がどのように関連しているかに強く依存する。たとえばこの3商品が、培ってきた技術を生かせる新規分野を開拓するために、とある機械メーカーが自信を持って試作した、2種類のゴルフクラブと、登山靴であったとしよう。メーカーは、どれも高品質であることをさまざまな客観的手段で確かめているが、一般にはまったく知られていない。このとき、どれか1つだけ製品の品質を公開できるとすれば、ゴルフクラブのどちらかを選ぶべきである。

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著者プロフィール

梶井厚志
(京都大学経済研究所教授)

1963年広島県生まれ。86年一橋大学経済学部卒業、91年ハーバード大学Ph.D.(経済学博士号)取得。専攻は経済理論、特に情報の経済学、一般均衡理論、ゲーム理論。ペンシルバニア大学経済学部助教授、筑波大学社会工学系助教授、大阪大学社会経済研究所教授を経て、2003年より現職。 著書に『ミクロ経済学:戦略的アプローチ』『戦略的思考の技術』『故事成語でわかる経済学のキーワード』などがある。梶井厚志のホームページ

この連載について

身近な言葉の中にも戦略的思考の可能性が潜んでいる。本連載では、身近な言葉や格言・昔話から、そこに潜む経済学的なアイディアや戦略的な含意を探る。

『コトバの戦略的思考』が単行本化!

なぜ私たちは「どうも」「お疲れさま」「よろしくお願いします」を、これほど使ってしまうのか?身近にあふれる妙に気になる日本語たち。そこには、必ず何らかの戦略が込められている!気鋭の経済学者がゲーム理論を駆使して読み解く、目からウロコのエコノミック・エッセイ。

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