【第28回】 2010年02月09日
「井戸の茶碗」
古典落語「井戸の茶碗」は、登場する正直者たちがみな幸福になるという縁起の良い噺で、おおむね次のような内容である。
千代田卜斉は、易者をして細々と食いつないでいるが、かつては大名に仕える武士であった。曲がったことが大嫌いで、いつでも正論を通そうとしてかえって煙たがられ、浪人の身となってしまったのだ。あるとき金に困って仕方なく、家に伝わる古くてすすけた仏像を、くず屋の清兵衛に引き取ってもらった。
その仏像をたまたま買い取ったのは、細川家中の高木作左衛門。作左衛門が仏像を洗うと、腹の中から50両の小判が出てきた。仏像は買ったが小判を買った覚えはない。仏像を売るくらいだから生活は楽ではないはずと、作左衛門は清兵衛を呼び出し50両は持ち主に返せと命じた。
普段から正直な商売を心がけていた清兵衛なので、これはよい話だと喜んで引き受けた。ところが、千代田卜斉は頑として受け取らない。仏像はすでに手放したものだから、仏像から何が出てこようとそれは買った人のものではないか。たしかに50両は先祖が残してくれたものであろうが、その大切な仏像を売り払い先祖の心遣いを無にするような者に、初めから金を授かる資格はないのだ、と。
清兵衛が50両を持ちかえると、作左衛門は刀にかけてでも受け取らせてみせると腹を立てた。とはいえ卜斉のもとに戻れば、これでも元は武士、たとえ相手と刺し違えになろうとも受け取らぬと息巻く始末。そこに仲裁に入った大家が、清兵衛が10両とり、残りの40両を20両ずつ2人で分けるという提案をする。作左衛門はしぶしぶ受け入れたが、卜斉は筋が通らないと受け取ろうとしない。
そこで清兵衛は機転を利かし、20両をそのまま受け取るのではなく、代わりに何かをお渡しすればよいでしょうと説得した。そこで、卜斉は家にあった汚い古びた茶碗を差し出して、20両を受け取ったのである。
ところがこの茶碗、ひょんなことから井戸の茶碗という名器であることが判明した。高木作左衛門は細川の殿様に献上して、代わりに300両が下された。とはいえ茶碗はそもそも卜斉のもの、これをそのまま頂戴することはできない。今度は自分が150両受け取るゆえ、残りの150両を卜斉に納めてもらいたいと、作左衛門は清兵衛に託した。
卜斉は、茶碗はすでに手放したものだからと、頑として受け取らない。ではまた何かを差し上げてはということになり、独身の高木作左衛門が卜斉の娘を嫁にもらい、150両はその支度金ということになって大団円となる。
卜斉が断る理由
考えてみれば、正直者の高木作左衛門が、仏像を手放さざるを得なかった人のことを慮って50両を返そうとしたとき、千代田卜斉がこれぞ天の恵みとありがたく受け取れば、正論を貫き通した正直者が最後には報われるという、それなりの美談が完成するのだ。しかし、卜斉がそこであえて受け取りを拒むことで、最終的にすべての関係者が得をするという結末に自然に導かれるのが、この噺のよくできたところである。
したがって、卜斉が受け取りを拒むのは物語の構造上での必然であり、のどから手が出ても50両を受け取ってもらっては困る。さりとて、もし拒む理由が特段の裏付けのない意地や頑固さにあるとしたら、せっかく流れるようによくできた話も画竜点睛を欠くように思う。卜斉が拒んだ理由も、ぜひ正論であってほしいのだ。登場人物の人となりを考慮しつつ想像力をたくましくして、考えてみよう。
Special Topics
バックナンバー
- 第29回
- 「長崎の魚石」 (2010年03月11日)
- 第28回
- 「井戸の茶碗」 (2010年02月09日)
- 第27回
- 「見とおし童児」 (2010年01月19日)
- 第26回
- 「三船の才」 (2009年12月08日)
- 第25回
- 「株を守る」 (2009年11月10日)
- 第24回
- 「牛の鼻ぐり」 (2009年10月21日)
Pick Up
新着トピックス
- 目標=1ヵ月でウエスト5cm減 あなたも挑戦!脱メタボへの道
- 1ヵ月弱でウェスト6.5cm減を達成させたのは、意識と行動の変化
- めちゃくちゃわかるよ経済学 シュンペーターの冒険編
- 滞日中のシュンペーターに密着した高田保馬と柴田敬
- デジトレwatch
- カード番号も“使い捨て”の時代に!? 痒いところに手が届く「ワンタイムデビット」
- inside
- 三菱商事の「ポンタ」が誘発するポイントカードの地殻変動
- 金融市場異論百出
- 超インフレ国はジンバブエのみ 世界が学んだ「最低限の規律」
- 株式市場透視眼鏡
- 企業の成長性でPERを修正 「PERグロース」投資の実践法
- 外科医のつぶやき
- 不安な思いから“安全第一”に取り憑かれた医療ではダメ!
- 吉田恒のデータが語る為替の法則
- 鳩山政権の「円高阻止密約」が機能するか 試されている! ダメならドル/円安値更新も
ダイヤモンドオンラインplus 知っておきたい価値ある情報
最新の連載一覧
経済・時事
経営・戦略
スキル・キャリア
Diamond Premium 最新記事 無料会員登録すると全文が読めます
- 週刊ダイヤモンド 企業特集
- ユニー 前村哲路社長インタビュー 「現場の自由裁量権を広げ 個店経営のウエートを高める」
- 『社会貢献』を買う人たち
- キレイになって、途上国を支援! 女性の飽くなき「美への探求」が生んだ、一石二鳥のビジネスモデル
- 山崎元のマネー経済の歩き方
- 対等合併の呪
- 野口悠紀雄 未曾有の経済危機を読む
- 総需要の減少をもたらした2つの要因 ──今こそ必要なデフレの経済学(5)
- 原英次郎の「強い中堅企業はここが違う!」 トップに聞く逆境の経営道
- 段ボール業界随一の原価計算の鬼! アースダンボールに学ぶネット販売の真髄 ~奥田敏光社長に聞く(下)
- 週刊ダイヤモンド 企業特集
- 【企業特集】ユニー 提携と差別化戦略で狙う “超”地方小売りチェーン

- 「測るための標準」を考える
- 紀元前2500年頃に造られたピラミッドの建築に当たっては、常に同じサイズの石を…

- DOL編集部のツイッターを開始
- 最新記事の話題から編集部の日常まで、24時間つぶやきます。フォローよろしくお願いします。
Business information
著者プロフィール
- 梶井厚志
(京都大学経済研究所教授)
1963年広島県生まれ。86年一橋大学経済学部卒業、91年ハーバード大学Ph.D.(経済学博士号)取得。専攻は経済理論、特に情報の経済学、一般均衡理論、ゲーム理論。ペンシルバニア大学経済学部助教授、筑波大学社会工学系助教授、大阪大学社会経済研究所教授を経て、2003年より現職。 著書に『ミクロ経済学:戦略的アプローチ』『戦略的思考の技術』『故事成語でわかる経済学のキーワード』などがある。梶井厚志のホームページ
この連載について
身近な言葉の中にも戦略的思考の可能性が潜んでいる。本連載では、身近な言葉や格言・昔話から、そこに潜む経済学的なアイディアや戦略的な含意を探る。
なぜ私たちは「どうも」「お疲れさま」「よろしくお願いします」を、これほど使ってしまうのか?身近にあふれる妙に気になる日本語たち。そこには、必ず何らかの戦略が込められている!気鋭の経済学者がゲーム理論を駆使して読み解く、目からウロコのエコノミック・エッセイ。
- DOLブックストアで購入
購入金額に関わらず送料無料! - Amazonで購入
アクセスランキング
- 1位
- 「引きこもり」するオトナたち
- 成績優秀なのに仕事ができない “大人の発達障害”急増の真実
- 2位
- はい上がれる人、はい上がれない人――「負け組社員」リベンジの十字路
- “人生の負け組”が勢ぞろい! 負け組リベンジの名門「奇跡の屋台ラーメン」
- 3位
- 業界別 半年先の景気を読む
- 市場規模はピーク時の6分の1!? バイク業界にみる縮小市場で生き残る方法
- 4位
- Close-Up Enterprise
- セイコーHD株主代表訴訟へ 不透明経営に批判
- 5位
- エコカー大戦争!
- トヨタの電子制御問題に隠れた事実! アメリカ人特有のアクセルの踏み方
Recommend 話題の記事
- 今週のキーワード 真壁昭夫
- キム・ヨナやサムスンに“脅威論”が噴出 「日本はもう韓国に勝てない」は本当か?
- 『週刊ダイヤモンド』特別レポート
- 県が格安で手に入れた茨城空港 「軍民共有化」というカラクリ
- SPORTS セカンド・オピニオン
- 大リーグ球団にとっての、日本人選手の価値を考える
- 政局LIVEアナリティクス 上久保誠人
- 参院選がどう転んでも、 政界の「世代交代」加速は止められない
- 週刊ダイヤモンド 企業特集
- ユニー 前村哲路社長インタビュー 「現場の自由裁量権を広げ 個店経営のウエートを高める」
- 野口悠紀雄 未曾有の経済危機を読む
- 総需要の減少をもたらした2つの要因 ──今こそ必要なデフレの経済学(5)
- 今週の週刊ダイヤモンド ここが見どころ
- あなたは保険会社に騙されている!? 「保険見直し」のバイブルが登場
- はい上がれる人、はい上がれない人――「負け組社員」リベンジの十字路
- “人生の負け組”が勢ぞろい! 負け組リベンジの名門「奇跡の屋台ラーメン」
- 業界別 半年先の景気を読む
- 市場規模はピーク時の6分の1!? バイク業界にみる縮小市場で生き残る方法
- 『社会貢献』を買う人たち
- キレイになって、途上国を支援! 女性の飽くなき「美への探求」が生んだ、一石二鳥のビジネスモデル

- 【PrimeTime】トップインタビュー
- 「サービス力は人財力と組織力の掛け算」~百瀬次生・日立電子サービス社長

- 【THEProject】プロダクトとサービス最前線
- 現実味帯びる「IFRS」。最新会計基準対応処理システムを低コストで提供
雑誌定期購読のご案内
特大号・特別定価号を含め、1年間(50冊)市価概算34,500円が、定期購読サービスをご利用いただくと25,000円(送料込み)。9,500円、約13冊分お得です。さらに3年購読なら最大49%OFF。
1冊2,000円が、通常3年購読で1,333円(送料込み)。割引率約33%、およそ12冊分もお得です。
特集によっては、品切れも発生します。定期購読なら買い逃しがありません。
年間12冊を定期購読すると、市販価格8,400円が7,150円(税・送料込み)でお得です。お近くに書店がない場合、または売り切れ等による買い逃しがなく、発売日にお手元へ送料無料でお届けします。
※別冊・臨時増刊号は含みません。
偶数月の1日発売(隔月刊)。1年購読(6冊)すると、市販価格 5,880円→4,700円(税・送料込)で、20%の割引!
※別冊・臨時増刊号は含みません。
お知らせ・ご案内
- 会員専用ページ開始のお知らせ
- 7月より一部の記事で、無料会員登録した方だけが全文を読める形に変わりました。詳細はこちらをご覧ください。




