そして、口癖のように「その方が君のためになるから」と私に対してのメリットを説いてくれました。そのおかげで、厳しい仕事も楽しくなっていきました。

 鈴木さんの下につき、初めて名刺が支給されたときの話です。名刺の肩書きには「鈴木敏夫アシスタント」と書かれていました。上司の名前を載せる名刺は珍しいですよね。驚きのあまり固まっていると、鈴木さんはニヤっと笑って、「この方が君のためになるから」と言ったのです。「この方が仕事はスムーズに進むし、仮に失敗しても責任は俺が背負うからね」、と。

 さらに、鈴木さんは「石井、年齢は関係ないからな」とも加えました。「仕事の上では、年上が偉いということはない。仕事の上では対等だ。一緒にやっているのだからな」と。

 22歳の元気だけが取り柄の若造に、鈴木さんは「対等だ」と明言してくれたのです。やる気が出ないはずがありません。

 それ以来、私は自分を捨てて、常にノートとペンを持ち歩き、鈴木さんの会議に同席することになりました。ざっと6000回以上は一緒にいた計算になるでしょうか。そこで「仕事の全てを書き残す」という役目を担うことになりました。

宮崎駿氏と鈴木敏夫氏の
間を行き来する伝達役

──何を記録していたのですか。

 打ち合わせ内容や参加者の情報だけではなく、相手の顔とか身振り手振りとか全てです。

 鈴木さんは「打ち合わせの場では、その人の雰囲気だったり、見た目だったり、いろいろなことに惑わされてしまうが、後で家に帰って寝る前にノートを読み返せば、その打ち合わせで何が重要だったのかが分かる」と教えてくれました。

──鈴木氏は、石井さんのことをどうご覧になっていたのでしょうか。

 当初、任された仕事の一つに伝達役がありました。鈴木さんが忙しいこともあって、「宮さん(宮崎駿監督)のところに毎日顔を出して、宮さんが言っていることを俺に教えてくれ。そして、俺が言ったことを宮さんに話してもらいたい」と。毎日、二人の間を行き来していました。