歌舞伎役者を自主廃業した
先代の中村獅童

成毛 私は母方の祖父が漆芸家で、やってみたかったんですが、早くに亡くなってしまいました。もし継いでいたらぜんぜん違った人生になっていたんでしょうねえ。おくださんの場合はなぜですか。

おくだ 医者になるのが嫌だと思ったことはなく、単に別のことをしたいと思ったのです。父も特に何も言いませんでした。もちろん、私が継ぐと決めたらそれはそれで喜んでくれたでしょうが、親よりも周囲の方が「継がなくていいのか」と心配していましたね。高校の先生からも「『やはり継ぐことになったので』と医学部を目指すことになるかもしれないから、あまり早く『自分は経済系へ行く』と決めないように」と言われたのを思い出します。

梨園に生まれた男子・女子の職業選択の自由を考えるおくだ・けんたろう
歌舞伎ソムリエ。1965年名古屋市生まれ。大学入学で上京後、1年半のアメリカ生活を経て歌舞伎に熱中。歌舞伎座の立ち見席に通いつめ、イヤホンガイドの従業員を経て解説担当者となる。NHK教育テレビでの歌舞伎の入門番組や東工大世界文明センターなどで講師を歴任。ミラノ スカラ座の来日公演などではオペラの字幕も経験。http://okken.jp/ Photo by K.S.

成毛 周りの方が案外、気にするんですよね。ところで、門前の小僧習わぬ経を読むではありませんが、医者の家に生まれたことで、医者になるのに有利だと思ったことはありませんか。

おくだ 幼い頃から見ていたので、学校での集団予防接種の時、注射が怖いと思ったことはないですね(笑)。

成毛 それは大事です。ほかは?

おくだ あとは、ホンモノの白衣と聴診器を使って病院ごっこができるとか…。

成毛 それも大事です。おくださんのように、家業のある家に生まれながら、別の仕事を探す男の子は、歌舞伎の世界にもいるでしょう。

おくだ 今の中村獅童さんのお父さん、先代の獅童さんは歌舞伎役者をすすんで廃業されています。男の子5人のちょうど真ん中で、ふたりの兄は二代目中村歌昇と四代目中村時蔵という歌舞伎役者で、ふたりの弟は萬屋錦之介と中村嘉葎雄という映画俳優。その弟を、プロデューサーとしてバックアップする道を選びました。

成毛 長男が重視されるとはいえ、兄弟は名跡を継ぐという意味ではライバルでもありますからね。

おくだ 御曹司だから安泰というわけでないのです。橋之助さんの息子さんたちも、歌舞伎役者になるという選択をした以上、それぞれの道を究めるのは容易ではない、でもだからこそ選んだのだろうとも思います。

成毛 さきほどの獅童さんの場合とは別で、「なぜ歌舞伎役者の家になど生まれてしまったのだ」と考えて、継がないという決断をする人もいるんでしょうか。

おくだ 今の市川海老蔵さんにはそういう時期もあったようですね。しかしあるとき、お爺さんにあたる十一代目市川團十郎さんの映像を見て感動し、この道でやっていこうと心を決したそうですよ。