橘玲の世界投資見聞録 2016年10月13日

コロンブスが「発見」した、中米ドミニカ共和国
500年間の虐殺、植民地、独立の歴史
[橘玲の世界投資見聞録]

原住民を絶滅させることは目的ではなかった

 アメリカ大陸に渡ったスペイン人がいかに残酷だったとしても、彼らの目的は原住民を絶滅させることではなかった。

 キリストの旗の下に国土を統一したスペイン王家は、異端審問によって国内をカトリックに純化すると同時に、神の恩寵をあまねく世界にしらしめすことを目指した。だが生命をかけて危険な航海に挑む男たちは、そのような宗教的情熱とは無縁だった。彼らが求めたのは、第一に富であり、第二に女だった。

 生命を賭けた冒険を埋め合わせるだけの富を獲得するには、原住民から金や宝石を略奪するだけでは不十分だった。“ジパング伝説”にとりつかれていたのはコロンブスだけではなく、すべてのスペイン人が目の色を変えて黄金を探し回った。だが仮に金鉱が見つかったとしても、それを掘り出す労働力が必要だ。“騎士”であるスペイン人に鉱山で働く気などない以上、奴隷として働かせることができる原住民を殺してしまっては元も子もないのだ。

 新大陸に渡ったスペイン人は全員が男だから、性欲の処理は喫緊の課題だった。コロンブスの日誌などからわかるのは、カリブの島々の原住民は男はもちろん女も裸で、身体は均整がとれて魅力的で、なおかつ性に開放的に見えたということだ。ルネサンス期の地中海沿岸の港町はどこも娼婦で溢れており、女は金で買うのが当たり前だった。そこでスペイン人は、船に積んであったガラス玉で買春し、ときに強姦し、何人もの女たちをはべらせた。セックスの対象となる若い女性はきわめて貴重なので、殺そうなどとは考えなかった。

 だとしたら、大規模なジェノサイドはどのようにして起きたのか。それは若い女性を奪われた原住民が反乱を起こしたり、奴隷労働に抵抗したりしたときだ。スペイン人は原住民を人間より動物にちかいと考えており、異教徒と話し合ったり説得したりしようとは毛頭考えなかった。その代わり、見せしめに残酷な拷問を加えて皆殺しにしたのだ。

 スペイン人がイスパニョーラ島でなにをしたのかは、カリブ海の地方病とされる梅毒のパンデミック(広域感染)によっても知ることができる。

 バルセロナではじめて梅毒が発生したのは、コロンブス隊の船乗りが第1回の航海から戻った1493年だった。スペイン支配下のナポリにはその年のうちに伝わり、そのナポリにフランスのイタリア遠征軍がやってきたことで、フランスに「ナポリ病」が広まった(それに対してイタリア人はこれを「フランス病」と呼んだ)。

 梅毒菌はその後、中国の港を経由して1512年に日本に渡来している。ポルトガル人が種子島に来るより30年も早く、スペイン人が最初にカリブ海で感染してから20年しかたっていない。大航海時代に最初にグローバル化したのは、皮肉なことに性病だった。

歴代総督が暮らしたラス・カサス・レアレス     (Photo:©Alt Invest Com)
宝物庫には戦国時代の日本の甲冑や日本刀も    (Photo:©Alt Invest Com)

 

イスパニョーラ島にいた「タイノ人」は原住民から先住民になった

 コロンブスの期待に反して、けっきょくイスパニョーラ島ではわずかな金しか見つからなかった。そのかわりスペイン人は、所領を獲得し奴隷(農奴)に耕作させることで富を得ようと考えた。彼らのやり方にはすでにモデルがあった。

『ラテンアメリカ文明の興亡』(高橋均/網野徹哉)によると、当時のスペイン人の対異教徒の行動様式はレコンキスタのなかで形成されたものだった。

 キリスト教徒の騎士がある地方を征圧し、イスラームの支配者が南へと逃げ去るのが「奪回(レコンシスタ)」だが、ムスリムの農民たちは生活基盤である土地を捨てられないから、とどまって新しい支配者を迎えるほかはない。騎士たちは農民にキリスト教の洗礼を受けさせたうえで、領主となってその土地に定着した。

 イスパニョーラ島に渡ったスペイン人も、異教徒の土地を征圧したのだから、所領を分け与えられるのは当然と考えた。彼らの反乱に手を焼いて解任されたコロンブスの後を継いだ新総督オバンドは、「エンコミンダ」という制度を導入してこの問題を解決した。スペイン国王が原住民を「預ける」という意味で、住民を預かった騎士は国王に代わって彼らを外敵から保護し、キリスト教に改宗するよう宗教教育を授ける責任を負った。その代償として、国王に代わって住民から貢納や賦役を徴することを許されたのだ。

 こうしていったんは平穏を取り戻した植民地だが、それは長くはつづかなかった。新総督オバンドは31隻の船に2500人ものスペイン人を載せてきており、彼らにエンコミンダで所領を分配したことで農村は過重な租税に苦しみ、もともと生産性の高くない原住民の社会が崩壊してしまったのだ。

 それに加えて、島に伝染病が流行りはじめた。旧大陸から隔絶された新大陸には天然痘やチフスなどの伝染病がなく、原住民はこれらの病気への耐性をまったく持っていなかった。やがて彼らは、伝染病に感染して次々と死んでいくようになる。

 労働力の深刻な枯渇に直面したスペイン人の対処法は、バハマ諸島、プエルトリコ島、ジャマイカ島、キューバ島を次々と征服し、その住民を奴隷としてイスパニョーラ島に送り込むことだった。こうして、過酷な奴隷労働と伝染病によってカリブ海全域で原住民の大量死が引き起こされ、コロンブスの来島から100年もたたないうちに「タイノ人」と呼ばれた民族は絶滅してしまった。
 

 漢語の原義にのっとれば、「原住民」は「その土地にもともと住んでいて、いまも暮らしているひとびと」をいい、「先住民」は「その土地にもともと住んでいたが、いまは死に絶えてしまったひとびと」をいう。人口100万とも150万ともされるタイノ人は「原住民」から「先住民」になってしまったのだ。

世界遺産に登録されたサントドミンゴ旧市街の街並み (Photo:©Alt Invest Com)

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橘 玲(Tachibana Akira) 作家。1959年生まれ。早稲田大学卒業。「海外投資を楽しむ会」創設メンバーのひとり。著書に『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』『(日本人)』(幻冬舎)、『臆病者のための株入門』『亜玖夢博士の経済入門』(文藝春秋)、『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術』(ダイヤモンド社)など。
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