橘玲の世界投資見聞録 2016年10月13日

コロンブスが「発見」した、中米ドミニカ共和国
500年間の虐殺、植民地、独立の歴史
[橘玲の世界投資見聞録]

世界で初めて黒人による「自由の共和国」として誕生したハイチ

 17世紀半ばにフランスがイスパニョーラ島に進出する頃には、労働力の枯渇により島の西側はほとんど無人地帯になっていた。スペイン王国の最盛期は新大陸から無尽蔵の銀が算出したフェリペ2世の時代(在位1556~1598年)で「太陽の沈まぬ帝国」を自負したが、1588年のアルマダの海戦で無敵艦隊がイングランド海軍に敗れると制海権を失い、17世紀後半には覇権はイギリス帝国へと移っていった。

 それに対抗するのが絶対王政下のフランスで、イギリスと同様、繊維製品、銃、ラム酒などと引き換えにアフリカで集めた奴隷を新大陸の植民地に送り、プランテーションで働かせてサトウキビから砂糖をつくった。この三角貿易(奴隷貿易)によって、フランス植民地のサン=ドマングは巨万の富を生み出した。

 だがここで大事件が起こる。1789年のフランス革命で絶対王政が崩壊してしまったのだ。それを見て黒人奴隷とムラート(白人と黒人の混血で自由民であることも多かった)が反乱を起こし、白人の地主を処刑したが、革命直後の混乱のなかで、フランス政府にはカリブに兵を送って反乱を鎮圧する余裕はなかった。イギリスやスペインが介入を試みるなか、サン=ドマングの黒人たちの離反を防ぐには奴隷制を廃止するほかなかった。

 近年のフランスは「人権」を売り物にするようになって、「世界でもっとも早く奴隷制を廃止した」ことを誇っているが、これが一時的な懐柔策で植民地の利権を諦めるつもりがなかったことは、ナポレオンが第一執政となった後に奴隷制度を復活させ、サン=ドマングに軍隊を送って再占領したことからも明らかだ。ところが占領軍への反乱が起きると、イギリスの海上封鎖のために援軍を送ることができず、奴隷出身の指導者デサリーヌに率いられた反乱軍はわずか1年あまりの戦いでフランス軍を破り、余勢を駆ってスペイン統治下の東部をも制圧してイスパニョーラ島を統一した。1804年、デサリーヌは新国家をハイチと命名し、世界の歴史ではじめての黒人による「自由の共和国」を宣言した。

 だが国民のほとんどが黒人かムラート(白人と黒人の混血)で、フランス語を話しアフリカ土着のブードゥー教の強い影響が残る西地区と、スペイン系白人が社会の中核を占め、メスティーソ(白人とインディオの混血)が多く、スペイン語を話しカトリックの信仰が根づいた東地区が共存することは難しく、1845年にハイチから独立してドミニカ共和国が誕生する。

 だがハイチもドミニカも政治的・経済的に不安定で、第一次世界大戦後にはドイツの進出を阻むという名目でともにアメリカの保護国とされ、米軍撤退後はハイチ国民はデュヴァリエ、ドミニカ国民はトルヒーヨの独裁に苦しむことになる。

 だが1980年代になると、ハイチとドミニカの運命は大きく分かれていく。ドミニカは観光業や資源(ニッケル)、農業などの産業振興によって経済成長を軌道に乗せ、2000年代にはアメリカ資本による大規模なリゾート産業の誘致にも成功した。政治も、不正や汚職などの問題はありながらも三権分立の民主政を維持している。

 それに対してハイチは1994年に軍事クーデターが起き、2004年には反政府勢力の蜂起で大統領が亡命し、国連平和維持軍によって治安の安定を図らざるを得なくなった。さらに2010年にはマグニチュード7.0の大地震に襲われ首都ポルトープランスを中心に甚大な被害が生じ、コレラが蔓延して多数の死者が出た。最近でも巨大ハリケーン「マシュー」の直撃を受け1000人超が死亡する惨事になっている。

 だがこれは、隣のドミニカに比べてハイチは運が悪いという話ではない。地震の被害が大きいのは多数の貧困層が貧弱な住宅で暮らしているからで、コレラが蔓延するのは下水などの衛生設備が整っていないからだ。また世界の最貧国であるハイチでは燃料の入手が困難で、ひとびとが山の木を切ってしまったために保水能力が失われている。これが、大型台風が来るたびに多数の死者が出る理由だ。

 このように、同じ島の東西に分かれたふたつの国は、植民地として似たような歴史をたどりながらも、いまではその立場は天と地ほど広がってしまった。

 残念なことにハイチは気軽に旅行できるようなところではない(外国人は誘拐にそなえて民間警備会社の護衛をつけることをアドバイスされる)。一方ドミニカは、地元のひとによると、近年はハイチからの不法移民が増えて治安が悪化しているというものの、リゾート地区はもちろん観光地の旧市街も多数の警察官が配置され、昼間なら外国人旅行者が歩いても問題はない。ただし市内中心部の住宅地では、スマートフォンなどを見せないよう注意される(ひったくりが頻発しているという)。

 新しいホテルは旧市街の西側のビジネス街につくられているが、観光が目的なら旧市街のホテルを利用した方が便利だろう。新市街と旧市街のあいだは海沿いに整備された遊歩道があり、早朝はジョギング姿も見られる。だが現地のひとたちは日中はほとんど出歩かず、外国人が遊歩道を歩いていると、つぎつぎとあやしげなひとが声をかけてくる。にわか観光ガイドになってチップをもらおうとしているようだが、鬱陶しいならタクシーで移動するか、住宅街を歩いたほうがいいだろう。路上の屋台でココナツなどを売っているのを目にするが、売り子のほとんどはハイチからの不法移民だという。

 空港からリゾートに直行すればこうした光景を見ることはなく、隔離された敷地のなかで「食べ放題、飲み放題」のオールインクルーシブの休日を過ごすことができる。だがせっかくカリブまで行ってこれではあまりにもったいないので、コロンブスによって「発見」された島が500年余を経てどのように変わったのか、自分の目で確かめてみるのもいいだろう。

カリブ海を向かって叫ぶコロンブスの像        (Photo:©Alt Invest Com)

 

 

橘 玲(たちばな あきら)

 作家。2002年、金融小説『マネーロンダリング』(幻冬舎文庫)でデビュー。『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』(幻冬舎)が30万部の大ヒット。著書に『日本の国家破産に備える資産防衛マニュアル』(ダイヤモンド社)など。中国人の考え方、反日、歴史問題、不動産バブルなど「中国という大問題」に切り込んだ『橘玲の中国私論』が絶賛発売中。近刊『「言ってはいけない 残酷すぎる真実』(新潮新書)が30万部のベストセラーに。

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橘 玲(Tachibana Akira) 作家。1959年生まれ。早稲田大学卒業。「海外投資を楽しむ会」創設メンバーのひとり。著書に『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』『(日本人)』(幻冬舎)、『臆病者のための株入門』『亜玖夢博士の経済入門』(文藝春秋)、『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術』(ダイヤモンド社)など。
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