風が強ければ、防風柵を設置するなどの対策を取るものだが、スズキはそれをやらなかった。鈴木会長は釈明会見で「ケチりすぎた」と反省の弁を述べた。経費を徹底節減すれば良品廉価で押し通せるという戦略は、すでに相当な無理を来たしていたのだ。

 フォルクスワーゲンとの提携の失敗、走行抵抗値の違法測定など、さまざまな問題が起こる一方で、グローバル市場におけるコンパクトカーの競争環境は厳しさを増すばかり。軽自動車は日本が主体で、世界への広がりを持つことは難しい。

 スズキは鈴木会長のワンマン経営でここまで生き延びてきた。しかし、前述のように鈴木会長もすでに齢88歳。ワンマン経営の弊害で後継者が育たなかったため、身を退こうにも退けない。「豊田章一郎名誉会長との会談の裏には、そういうプレッシャーもあったのかもしれない」(ライバルメーカー幹部)

過去、スズキの危機を助けたトヨタ
遠くて近い鈴木家と豊田家の仲

 トヨタとスズキは、元々は近しい仲だ。1970年代、大気汚染防止のために当時としては厳しい排出ガス規制が実施されることになったとき、パワーはあるが排ガスでは不利な2サイクルエンジンを主体としていたスズキは規制をクリアできず、致命的な打撃を受けかねない事態に陥ったことがある。そのときに救いの手を差し延べたのは当時のトヨタ社長、故・豊田英二氏で、ダイハツ製の4サイクルエンジンをスズキに供給し、スズキは危機を乗り越えることができたのだ。

Photo by Koichiro Imoto

 以来、鈴木家と豊田家は遠くて近い間柄だった。軽自動車税制でトヨタとスズキが対立するといった歴史の流れで一時的に疎遠になったこともあったが、「ようやく収まるところに収まった」(前出の業界事情通)格好である。

 さて、今回の提携“検討”劇だが、環境、安全、情報技術など複数分野での連携強化がうたわれている。

 だが、それはあくまでも名目にすぎない。今日の自動車業界でウケのいい言葉を並べただけだ。もちろん今後、それらについて協力し合うこともあろうが、第1の目的はトヨタとスズキが今後、運命共同体になると意思表示すること。スズキは社の行く末が安泰なものになり、トヨタは競争の厳しい低価格車分野で疲弊しないで済むというメリットがある。スズキにとってはゼネラルモーターズ、フォルクスワーゲンに続く3度目の結婚になるが、その結婚生活は果たして末永いものになるか。