橘玲の世界投資見聞録 2016年10月31日

今も「歴史問題」となっている
征服者ピサロとインカ帝国の末路
[橘玲の世界投資見聞録]

ピサロによるインカ帝国制圧の真実

 カハマルカでの出来事は、ピサロの秘書をつとめ、帰国後に『ペルーおよびクスコ地方征服に関する真実の報告』を出版したフランシスコ・デ・ヘレスなどによって詳細に伝えられている。

 それによると、ピサロは策を弄して使者を遣わし、アタワルパにカハマルカ広場での会見を申し込んだ。アタワルパはそれを受けて数万の軍勢を陣営から広場に動かすのだが、その様子は「チェス盤の升目にように色を使い分けたお仕着せを纏った一隊が、王の前の道を掃き清めながらやって来る。歌い踊るまた別の一隊が、そして金銀の冠を着けた兵士がそれに続く。その後を、多彩なオウムの羽毛で飾られ金銀の板を取り付けた輿に乗り、インディオの肩に高々と担がれた王、アタワルパが静かに進んできた」と描写されている。

 ピサロは銃を構えた兵士を広場の周辺に潜ませ、片手に十字架、片手に聖書を持った従軍司祭のドミニカ会士バルベルデがインディオの通訳をともなってアタワルパのもとに進んだ。

 バルベルデ司祭はスペイン人と友誼を結ぶことが神の御心であることをアタワルパに伝えて聖書を手渡すが、王はそれを地面に投げ捨て、キリスト教徒がこれまでインディオに対して行なった非道な振る舞いを糾弾した。

 バルベルデ司祭がピサロの許に戻ると、アタワルパは輿から立ち上がり、戦闘の準備を部下に促した。その瞬間、ピサロはインディオのあいだを突進してアタワルパの腕を鷲掴みにするや、「サンティアゴ」と叫んだ。サンティアゴ(聖ヤコブ)はレコンキスタ(国土回復運動)の際、イスラーム教徒と戦うスペイン人を守護した聖人で、ピサロはそれを攻撃合図にしたのだ。

 たちまち広場を囲んでいた火縄銃が火を噴き、馬にまたがった騎兵が突進してインカ兵は大混乱に陥った。そこに甲冑に鉄の剣を持ったスペイン人の歩兵が踊りかかり、広場にいたインディオ4000人のうち2000人を虐殺したという。インカ兵の武器では甲冑に歯が立たず、スペイン人たちは体力のつづくかぎり剣を振るえばよかったのだ。

 こうしてピサロは、わずかの手勢で4万ともいうアタワルパの軍を打ち破った。虜囚の身となったアタワルパ王は、ピサロに対し身代金として膨大な金と銀を約束し、インカ帝国各地からカハマルカに続々と財宝が送られてきた。ピサロはその一部をスペインのセビーリャに送ったが、金製・銀製の容器を除いて、荷下ろしされた金は70万8580ペソ、銀は4万908マルコと記載されており、じつに3トン以上もの金がスペインに送られたことになる。当時、財政が逼迫していたスペイン王室はこの貴重な工芸品をすべて融解し、貨幣に鋳造してしまった。

 だが約束の身代金を払っても、ピサロはアタワルパ王を解放しなかった。アタワルパが密かにクスコに使者を送り捕縛していたワスカルを処刑したことに立腹したからとも、秘密裡にインカの残兵を集結させスペイン人に対する謀反を企てているとの噂を信じたからともいわれている。

 けっきょく、ピサロはアタワルパ王を裁判にかけ、スペイン国王に対する反逆罪および兄弟殺しの罪で死罪が宣告された。異教徒の処刑は火刑と定められていたが、インカには伝統的な遺骸信仰があり、代々の王の遺骸は香を塗られて塑像(ミイラ)にされ、至高の「ワカ」として天空と地上を媒介するとされた。生前の王に仕えていた家臣たちは、あたかもそのミイラを生者のように敬いながら暮らすのだ。

 アタワルパ王は自らの遺骸が焼かれることだけはなんとか逃れようとしてカトリックに改宗し、フアンという洗礼名を受けて絞首刑に処せられた。遺骸はカハマルカ広場の教会に埋葬されたが、数日後に跡形もなく消え、その行方は杳として知れない。

リマの旧市街にあるサン・フランスシコ教会・修道院。地下には植民地時代の市民2万5000体もの遺骨が置かれている(見学可)       (Photo:©Alt Invest Com)
サン・フランシスコ教会の内部          (Photo:©Alt Invest Com)

 

「インカ」末裔たちの反乱

 フランシスコ・ピサロが奸計によってインカ帝国の王アタワルパを捕え、莫大な身代金を受け取ったにもかかわらず、スペイン国王に無断で裁判を開き処刑した経緯は当時から広く知られていた。現代の価値観からすれば恐るべき暴虐だが、ここで述べたことは「征服者」たちが自慢話として記したもので、スペインではずっと冒険譚として愛されてきた。「新世界発見」というと誰もがコロンブスを思い浮かべるが、スペイン王室が支援したものの彼自身はイタリア生まれだった。2002年のユーロ導入までスペインで発行されていた1000ペセタ紙幣は、表がメキシコのアステカ文明を滅ぼしたエルナン・コルテス、裏がピサロだったことからわるように、スペインではいまもこの2人は「英雄」なのだ。

 だがこのことは「歴史問題」として、スペインと中南米の旧植民地との関係に暗い影を落としている。キューバやジャマイカなどの島々は原住民が絶滅して人種そのものが完全に入れ替わってしまったが、大陸(中南米)ではいまも多くのインディオや、白人とインディオの混血であるメスティーソが暮らしている。ペルーにおいては、彼らのアイデンティティはスペインではなく「インカ」にあるのだ。

 1742年、アマゾンの密林セルバにフアン・サントス・アタワルパと名乗る男が現われた。真偽はともかくとして、インカ帝国最後の王アタワルパの末裔を名乗るサントス・アタワルパはセルバの民を率いて「インカ王国再興」を唱え、シエラ(山岳部)にも同調者を得て支配者であるスペイン人に反旗を翻した。

 その4年後の1746年、リマは未曾有の大地震に襲われ、多くの建物が全壊し街はほぼ破壊されつくされた。民衆はこの天変地異をインカ王の末裔サントス・アタワルパの異能によるものだと信じた。

 こうして反乱は燎原の火のように広がり、事態を憂慮したスペインの植民地当局は4回にわたって追討軍を派遣したが、アマゾンの密林のゲリラ戦に阻まれて撤退を余儀なくされるだけだった。サントス・アタワルパは不敗の存在として神格化されるが、シエラの村を2日間にわたって占拠したあと、セルバに戻るとその後の消息はわからなくなった。植民地権力に征圧されることはなかったものの、その反乱はいつの間にか終息してしまった。

 だが次いで1780年、新たな「インカ」の反乱に植民地は動揺する。首謀者は「トゥパク・アマル二世」を名乗るインディオの貴族で、母方の血統は1572年にクスコの広場で処刑されたトゥパク・アマル一世の系譜に直接結びついており、まぎれもなくインカの王族の末裔だった。

 イエズス会士の運営する学院で学んだトゥパク・アマルは、インディオの窮状を訴えるべく法廷闘争を行なうが、それでは埒があかないことを知ってスペイン人の地方官僚(コレヒドール)を処刑し、インディオの怨嗟の的になっていたレパルティミエント(商品強制分配制度)の廃止や物品税・税関の停止、黒人奴隷の解放を布告した。

 「インカ王」の下に集った6000名と推定されるトゥパク・アマル軍は植民地政府の追討軍を壊滅させ、パニックに陥ったクスコ市では、市参事会がトゥパク・アマルの要求どおりにレパルティミエントとアルカバラ(物品税)を廃止した。クスコはリマからの援軍だけが頼りで、トゥパク・アマル軍の前にいつ陥落してもおかしくない状況に追い詰められ、窮余の策としてインディオを懐柔するほかなかったのだ。

 だがトゥパク・アマルはクスコ市を包囲したものの、攻撃を加えずに市参事会との交渉を選んだ。その間に強力な当局軍が到着しはじめ、トゥパク・アマルは包囲を解いて退却、わずか5カ月の抵抗ののち捕縛され国王反逆罪で極刑に処せられた。

 だが反乱が本格化するのはこれからで、全アンデスでインディオたちの蜂起が始まり、とりわけアンデス南部では終息までの2年間でインディオ側の死者10万人、スペイン人側も死者1万人とされる大きな被害を出すことになる。

 この大反乱において「インカ王」トゥパク・アマルはメシア化し、死者を蘇られせるちからを持ち、インカ再興の大義のために死んだ者は3日後に再生すると信じられた。

 「貧者の恩人」「解放者」「贖い主」と呼ばれたトゥパク・アマルは悪徳コレヒドール(スペイン人)の放逐を唱えたが、ここで混乱を引き起こしたのがクリオーリョ(新大陸生まれの白人)やメスティーソ(スペイン人とインディオの混血)の扱いだった。

 インカ帝国再興運動の本来の趣旨は彼らをもインディオの大義に統合させることだが、インディオ大衆の怨恨は暴力化し、白人のみならず肌の白い者、スペイン風の衣装を着る混血、さらには裕福なインディオも憎悪と殺戮の対象とされた。コロンブスの到来から300年を経た18世紀末にはすでの人種の混交が進んでおり、「抑圧者のスペイン人」対「被抑圧者のインディオ」という単純な構図は成立しなくなっていたのだ。結果的に、トゥパク・アマルの反乱を失速させたのは植民地当局の武力制圧よりも、クリオーリョやメスティーソの離反だった。

 この「歴史問題」は1935年、リマ建都400周年を記念してピサロの故郷であるスペイン・エストレマドゥーラからリマ市にピサロの騎馬像が送られたことで再燃する。当初、この騎馬像はリマの一等地である大聖堂の前に置かれたが、市民の反発で1952年に大統領府前のアルマス広場の片隅に移された。その後、1990年代にふたたび反対運動が起こって、1998年ごろには「国民感情にそぐわない」との理由で撤去されることになった。

民族衣装を着るインディオの女性(ラパス)   (Photo:©Alt Invest Com)
いまでもごくふつうに民族衣装を見かける(ラパス)  (Photo:©Alt Invest Com)

 

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