10年10月期下旬に「日経フォーラム世界経営者会議」というものが開催された。東芝の社長による講演が行なわれ、同社ではその1年前の09年10月に「プロジェクト70」と呼ぶ円高対策を実施し、「1ドル=70円」を想定したストレステスト(健全性審査)を行なった旨が紹介された。

 10年9月に日本貿易振興機構(ジェトロ)が行なった「円高の影響に関するジェトロ・メンバーズ緊急アンケート結果概要」によれば、「海外部門の業績に影響がある」と回答した企業で、採算に見合う為替レートは「1ドル=93円40銭」だとされている。東芝の「1ドル=70円」というテスト結果に、市場関係者が驚愕したのかどうかは不明だが、講演の翌日以降、為替レートはさらに円高へと進み、11月1日には「1ドル=80円22銭」を記録した。

 その後は80円台前半でもみ合っているようだが、もとより筆者はFX投資(Foreign Exchange)を行なっていないので、円高に進もうが円安に戻ろうが直接的な利害関係はない。興味を持ったのは、「1ドル=70円」という値だ。

企業は「為替レート論議」に興味はない
知りたいのは「円高限界点」だ

 東芝が70円でも大丈夫だと胸を張るからには、69円や68円の円高ではまだ大丈夫なのだろう。ただし、それより先に円高が進んでいった場合、いずれは黒字から赤字に転落する「円高限界点」が存在するはずだ。それは一体、どこにあるのだろうか。

 為替レートの問題に関しては、マクロ経済学の視点から様々な議論が行なわれている。「購買力平価説」は、その中で最も有名なものだろう(マンキュー経済学マクロ編395頁)。各国通貨の購買力の比によって為替レートは決定される、とするものだ。購買力の例としてしばしば取り上げられるのが、マクドナルドの「ビッグマック指数」である(前掲書401頁)。

 為替レートの問題に関しては時々、元行政官僚やエコノミストの肩書きを持った人々が登場して、「円高の上限は○円あたりではないか」と託宣を述べ、みんなが「なるほど」「さすがだ」と納得する。発言の内容云々よりも、肩書きってすごいな、と感心させられてしまう瞬間だ。そして結論はいつも決まって「政治が悪い」に落ち着く。

 しかし、企業はそんな天下国家の議論に加わりたくて、今日の為替相場に気を揉んでいるのではない。自社にとって、円高に耐えられる「限界点」はどのあたりまでなのか、ということを知りたいのだ。これを「為替レートの特異点問題」と呼ぶことにする。

 マスメディアでもときどき、企業ごとの「想定為替レート」や「為替レートの感応度」など、それなりの特異点を公表したりしている。しかし、その最大の弱点は、読者である企業や個人のほうで、メディアの言を検証できないことだ。メディアも所詮、政治や行政と同じで「よらしむべし、しらしむべからず」(論語)といったところか。

「為替レート限界点」「為替レート最適点」は
SCP分析で求めることが可能

 そこで今回は、管理会計や経営分析のノウハウを持ち込んで、企業や個人のレベルでも検証可能な「為替レートの特異点問題」を解決してみよう。求める「特異点」は、次の〔図表 1〕に掲げる2つである。

「円高の恐怖」は過ぎ去ったか<br />電機メーカー各社が怯える「円高限界点」を求める