それは社長のコメントから始まった

 T商事の経理部長のYは、前年度の期末に行われた、前年度決算に関するS社長との面談を恨めしく思い出していた。内容は前年度決算に関するものだった。

 T商事はその前年、つまり今から2年前、急激な円高の影響により通期で赤字決算を強いられており、前年度も放っておけば赤字決算となるおそれが高かったのである。もしそうなれば2期連続の赤字となり、金融機関からの融資停止や融資条件の悪化、公共部門との取引停止など、企業経営に重大な悪影響が及ぶことは確実であり、最悪、倒産のリスクもゼロではなかった。

 面談の席において、S社長から経理部長のYに対して、次のようなコメントが伝えられた。メインバンクの役員には内々に黒字化を約束してしまっており、赤字決算になったら会社が存続できない可能性があること。会計上の利益が出せるように指導する重大な責任が経理部長にはあること。社長はY部長を優秀な経理部長であると見込んでおり、必ずよい結果を残してくれるものと確信していること。

 Yは、S社長からの直々の申し伝えに、これは実質的に黒字決算の指示であると感じ、「最善を尽くします。」と応えて、社長室を後にしたのである。

経理部長の誤算

 結局Yは、売上高を10億円前倒し計上して、当初の予算を達成する水準にまでかさ上げし、売上原価を差し引いた6億円の利益を水増しするとともに、2億円分の経費の計上を翌期に繰り延べることにして、合計で8億円の利益をひねり出した。