橘玲の日々刻々 2016年11月24日

トランプ大統領誕生は
米国民衆による「反知性主義」の反乱だった
[橘玲の日々刻々]

知能の格差によるニューリッチとニュープアの分断

 知識社会への分岐点となった1960年代には、アメリカ西海岸を起点に大きな文化変容が起こった。ベトナム反戦運動に端を発したヒッピームーヴメントで、日本の全学連や全共闘も同じだが、当時は特権層であった大学生が運動の中心にいた。

 「セックス、ドラッグ、ロックンロール」を合言葉にした“フラワーチルドレン”たちは1970年代になって急速に消えていくが、彼らが生み出したサブカルチャーはその後も生きつづけたばかりか、世界じゅうで大きな影響を与えることになる。アメリカにおいて60年代的なサブカルチャーを引き継いだのが、クリエイティブクラスのニューリッチだ。――その象徴がスティーブ・ジョブスであることはいうまでもない。

 ジャーナリストのデイビッド・ブルックスは、アメリカに台頭する新しい上流階級をブルジョア(Bourgeois)とボヘミアン(Bohemians)の融合したBOBOSと名づけた(『アメリカ新上流階級ボボズ』光文社)。残念ながらこの言葉は一般化しなかったが、そこには60年代のサブカルチャーを色濃く反映したニューリッチの生態があますところなく描かれている。

 典型的なBOBOSは夫婦とも高学歴で、リベラルな都市かその郊外に住み、経済的に恵まれているもののブルジョアのような華美な暮らしを軽蔑し、かといってヒッピーのように体制に反抗するわけでもなく、最先端のハイテク技術に囲まれながら自然で素朴なものに最高の価値を見出す。

 マクドナルドのようなファストフード店には近づかず、アルコールはワインかクラフトビールでタバコは吸わない。アメリカでも新聞の購読者は減っているが、BOBOSはニューヨークタイムズ(リベラル派)やウォールストリートジャーナル(保守派)に毎朝目を通し、『ニューヨーカー』や『エコノミスト』、場合によっては『ローリングストーン』などを定期購読している。

 また彼らは、基本的にあまりテレビを観ず、人気ランキング上位に入るようなトークラジオ(リスナーと電話でのトークを中心にした番組)も聴かない。休日の昼からカウチに腰をおろしてスポーツ番組を観て過ごすようなことはせず、休暇はラスベガスやディズニーランドではなく、バックパックを背負ってカナダや中米の大自然のなかで過ごす。ここまで一般のアメリカ人と趣味嗜好が異なると、一緒にいてもまったく話が合わないのだ。

 こうしてマレーは、きわめて興味深い主張を述べる。

 今回の大統領選では、民主党を支持するリベラル派(青いアメリカ)と、共和党を支持する保守派(赤いアメリカ)でアメリカ社会が二極化していることが繰り返し報じられた。だが新上流階級は、政治的信条の同じ労働者階級よりも政治的信条の異なる新上流階級と隣同士になることを好む。政治を抜きにするならば、彼らの趣味やライフスタイルはほとんど同じだからだ。

 アメリカでほんとうに起きていることは、人種による対立でも、保守とリベラルの政治信条による二極化でもなく、知能の格差によるニューリッチとニュープアの分断なのだ。

スーパーZIPの世帯所得の中央値は約1500万円

『階級「断絶」社会アメリカ』でのマレーの独創は、アメリカでは所得階層によって住む場所が明確に分かれているという社会学的事実から、ZIP(郵便番号)によって高所得者と低所得者の地域を分類したことだ。このうち、認知能力で上位5%以内が住む高級住宅地が「スーパーZIP」だ。

 スーパーZIPの人口は(全米の5%なのだから)25歳以上の910万人で、大卒者の割合は63%、世帯所得の中央値は14万1400ドルだ(約1500万円。以下は2000年の国勢調査に基づくデータ)。マレーは「新上流階級(広義のエリート)」を240万人と概算しているから、スーパーZIPの住民はその約4倍になる。

 スーパーZIPの住民は、(定義上)裕福で高学歴である以外に、以下の特徴がある。

 まず、それ以外の地域のひとびとに比べて既婚者が多く、離婚経験者が少なく、シングルマザーも少ない。男性は労働力率が高く、失業者が少なく、労働時間が長い。また都市のスーパーZIPでは犯罪率が低く、郊外のスーパーZIPでは犯罪はめったに起きない。

 スーパーZIPの際立った特徴のひとつは人種構成だ。

 2000年の時点で、スーパーZIPの住民の82%が白人、8%がアジア系、アフリカ系とヒスパニックがそれぞれ3%だった。これに対してそれ以外の地域では、白人が68%、アフリカ系が12%、ヒスパニックが6%、アジア系が3%だった(2010年の国勢調査に基づけば、間違いなくスーパーZIPのアジア系の比率が上がっているはずだとマレーは指摘する)。

 マレーは、新上流階級のもっとも成功しているひとたちがどこに住んでいるかを知る方法がないかと考え、ハーバード・ビジネス・スクール(HBS)の卒業生名簿に目をつけた(2004年に開かれた第25回同窓会のためにつくられた1979年卒の名簿を入手した)。

 彼らはほぼ全員が50代で、まさにキャリアの頂点に立っていた。そのうちアメリカ在住で、かつZIPコードが特定できるのは547人で、そのなかにはCEOが51人、社長・頭取・総裁が107人、会長・理事長が15人、その他何らかの事業のトップに立つ責任者・共同経営者・経営者が96人いた。さらにトップに次ぐ地位としてCFO、COO、執行副会長・副社長、常務取締役などが115人いた。

 この計384人を新上流階級(広義のエリート)としてその住所をZIPコードで振り分けると、61%がスーパーZIPに住み、残りの39%もその多くはスーパーZIPに準ずる地域に家を構えていた(全体の83%が上位20%以内のZIPコードに含まれていた)。

 「成功した新上流階級」は特定の地域に集住しているが、それは具体的にはどこなのか。マレーは人口統計からアメリカに5つの巨大なクラスター(新上流階級の密集地)があることを突き止めた。

 アメリカでもっともスーパーZIPが集積しているのがワシントン(特別区)で、ニューヨーク、サンフランシスコ(シリコンバレー)にスーパーZIPの大きな集積があり、ロサンゼルスとボストンがそれに続く。

 ワシントンに知識層が集まるのは、「政治」に特化した特殊な都市だからだ。この街ではビジネスチャンスは、国家機関のスタッフやシンクタンクの研究員、コンサルタントやロビイストなど、きわめて高い知能と学歴を有するひとにしか手に入らない。

 ニューヨークは国際金融の、シリコンバレーはICT(情報通信産業)の中心で、(ビジネスの規模はそれより劣るものの)ロサンゼルスはエンタテインメントの、ボストンは教育の中心だ。グローバル化によってアメリカの文化や芸術、技術やビジネスモデルが大きな影響力を持つようになったことで、グローバル化に適応した仕事に従事するひとたち(クリエイティブクラス)の収入が大きく増え、新しいタイプの富裕層が登場したのだ。


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