成熟国家とはいえ、日本はいまだ世界でも指折りの豊かな国だ。にもかかわらず、社会には若者を中心に「将来に希望が持てない」「長生きしても仕方がない」という厭世観が募り、自殺率も高止まりしている。十分恵まれているはずの日本人は、なぜ「幸せ」を実感できないのか? その背景には、長引く不況という一時的な理由ではなく、もっと根本的な理由がありそうだ。哲学者の内山節氏は、今の時代を「経済が全ての人をすくい上げることができなくなった時代」と捉え、個人的な欲望を満たすことで幸せを求めようとする考え方から抜け出すべきと説く。(聞き手/ダイヤモンド・オンライン 小尾拓也、撮影/宇佐見利明)

今の日本人が「長生きしたくない」と
思うのは、不況のせいだけなのか?

――最近、若者を中心に、「将来に希望を持てない」「長生きしても仕方ない」という厭世観が募っている。長引く不況の影響もあるためか、自殺率は高止まりしている。こういった世相の背景には、どんな原因があるだろうか?

日本人はもう、経済によって“幸せ”にはなれない。<br />群馬県の小さな村に“互いを評価し合う幸福”を学べ<br />――哲学者・内山節インタビューうちやま・たかし/哲学者。1950年生まれ。東京都出身。立教大学大学院教授、特定非営利活動法人「森づくりフォーラム」代表理事。労働論や自然哲学など、幅広い分野で独自の思想を展開し、注目される。1970年代より、東京と群馬県の上野村を往復しながら暮らしている。近著は『共同体の基礎理論』『怯えの時代』『清浄なる精神』など。

 私は今の時代を、「経済が全ての人をすくい上げることができなくなった時代」と考えている。日本人の幸福度と経済成長は、実は比例していない。その背景にあるのは、一時的な不況のせいではなく、長期的に見た世界経済の変化だ。

 20世紀は、先進国が世界経済を主導してきた。その象徴が自動車産業で、日本、米国、英国、ドイツなど、一握りの先進国が大量生産を行ない、市場を独占してきたという一面があった。

 しかし、中国、韓国などの新興国や旧社会主義国が力をつけ、市場に参入してきたことにより、先進国が経済を主導する状況が崩れてしまった。日本をはじめとする先進国は、昔のような独占的利益を得にくくなっている。

 「世界が平等になっていくプロセス」と考えれば、この変化は決して悪いことではない。だが先進国は、もともと独占的な利益が上がることを前提に社会システムを構築しているため、これまでと同じ利益が望めなくなれば、厳しい状況になる。企業は人件費を削らなくてはならず、社員の賃金を保証できなくなる。今は足もとで、そういう状況が起きている。