6000億円の撤退、1.4兆円の拡大。総合化学会社の改革を支えた軸Photo by Yoshihisa Wada

「総合化学会社」とは何か、
企業の持続的可能性とは何か…

 前回は、学生時代のイスラエル留学で得た強烈な原体験と、シナイ山で啓示を受けたモーセよろしく、毎年40億円に赤字を出していた子会社の建て直しに“十戒”と称した対応策を持ち込み、1年で黒字化して事業再建を果たした話をした。

 その後、私は2005年にR&D担当の常務執行役員となり、2006年暮れに三菱ケミカルホールディングスと三菱化学の社長就任の内示をもらった。

 それから2007年4月の社長就任まで、気になって仕方がなかったことがある。「三菱ケミカルホールディングスグループとはなんの会社であるのか」というものだ。

 もちろん総合化学では国内最大手。基礎化学品をつくる「石油化学」があり、医薬品をつくる「製薬(ヘルスケア)」があり、食品添加物や光ディスクなどをつくる「機能化学」があり、合成樹脂フィルムなどをつくる「機能材料」があり、物流やサービスを業とするグループ会社もある。しかし多様な製品を手掛けてはいるけれども、そこには「なんのために皆がここに集結しているのか」を端的に示したものがない。

 その問題意識は、「こんな状態で三菱ケミカルホールディングスグループは生き残っていけるのだろうか」という疑問にまで膨らんでいた。新社長就任を前にした気負いではなく、心底そう思っていた。

 時代の変化を見据えた事業や組織のあり方を探り、新たな展開軸、つまり、我々は何をする会社なのか、何を目指すのかを再定義できなければ、「なんでもある。それだけの総合化学会社」として迷走を始めてしまうと考えていた。

 何より、世界では明らかに大きな変化が進んでいた。一言で言うならば、「持続可能性(サステナビリティ)」を真剣に考えなければ企業は使命を果たせないし、生き残っていけなくなるというものだ。

 21世紀の地球環境はかなり危険な状態にある。世界は着実に人口爆発へと向かい、食糧危機や水危機が起こり、CO2などの環境問題がある。

 資源の枯渇や温暖化については、原子力発電所のような、経済効率性は高いものの事故が発生すると大きな影響を長期間にわたって残す課題と、CO2のように徐々に環境を蝕む課題のバランスをどう考えるかという議論もある。

 人口増と高齢化は、人が生きることに対する持続可能なあり方を問うている。シックケア(病気のためのケア)からヘルスケア(健康維持のためのケア)への転換は必至だ。

 そうした状況を前に、社会の持続可能性に貢献できる事業構造へと変えていくのは企業の「人類史的な責任」であり、これは強調してもしすぎることはないものだ。

 最終目標としては、世界が直面している課題、グローバルアジェンダに対して貢献し、それによって企業価値を上げ、メーカーとして技術を磨き、当然ながら収益もしっかりと上げ、自身が持続的な企業にならなければならない。

 こうした考えの下、私の社長としての運営と改革の軸を決めた。社長就任の翌年、2008年4月に定めたグループモットーである「APTSIS(アプトシス)」。そして、2010に策定したグループがめざすべき道を示したオリジナルなコンセプト「KAITEKI」である。

 この2つのコンセプトの詳細については後述するとして、社長就任後まず取り組んだのは、汎用の石化製品を中心とする不採算事業からの撤退だ。